第3話 竜に思いを馳せるナターリエ
「そうか……ついにその時が来てしまったか……」
「はい」
満面の笑みのナターリエに対して、父であるハーバー伯爵は苦々しい表情だ。
「次の実施試験に合格すれば、魔獣鑑定士になれます」
「お前、本気なんだな?」
「はい」
「本気で本気で本気なん……」
「はい」
「国王陛下にはそのこ……」
「はい! 既に許可をいただいています!」
父の言葉にかぶせ気味にうなずけば、ハーバー伯爵は深いため息をついてソファに沈み込んだ。
「陛下から許可を? ううん、それならばいいが……確かに、お前は小さい頃から魔獣の絵を想像して描いていたもんな……」
呆れたようにぼそりと呟く。
「そうです。昔からの夢だったんです。潜在スキルに魔獣鑑定のスキルがあるなんて、本当に幸運でした。お父様からかしら、お母様からかしら、遺伝子でいただいていたのかも」
そのどちらでもないと思うが……とハーバー伯爵は「ううむ」と呻く。
「しかし、貴族令嬢が魔獣鑑定士になるなんて前代未聞だぞ……その上、スキル鑑定士のスキルを封じなければいけないし……うう、だからか。だから、明日、国王陛下からの呼び出しで王城に行くのだが……」
「まあ、そうなのですね。お父様、申し訳ないのですが、もう筆記試験は合格しましたので、陛下にはよろしくお伝えくださいませ」
「うう……」
正直な話、ハーバー伯爵家でもナターリエが魔獣鑑定士になることは大問題だった。スキル鑑定士として王族にナターリエが嫁げば、国内でハーバー伯爵家は盤石だと考えられていたからだ。よって、魔獣鑑定士になることをナターリエが国王に嘆願していると聞いて、父親であるハーバー伯爵はひっくり返った。
次に、魔獣鑑定士となっても第二王子との婚姻はそのままで、と約束をした。国王たちも「スキル鑑定は封印をするだけなので、不測の事態になれば王命でそれを解除するし」と言っていた。なので、まあなんとか「それでもなんでも良い」と思った。だが、その直後に第二王子からの婚約破棄。もうハーバー伯爵の胃腸は限界を迎えていた。痛い。はっきり痛い。
「確かに、魔獣鑑定士の試験を受けてもいいとはいったが……ううむ、それはなんというか、こう、記念受験的な感じで、スキル鑑定のスキルを封じることは止めないか?」
「お父様、今更では……? スキル鑑定士のスキルを封じるのは確かに勿体ないことですが、魔獣鑑定士よりはスキル鑑定士の方が人数はいますし」
「しかしなぁ……」
「それにですねぇ……この国は飛竜騎士団だっているし、辺境の一角には他国より多くの魔獣が生息しているのですから、むしろ民衆の生活を守るため、上に立つものが魔獣をより知ることはおかしなことではないと思います」
「いやいや、いやいや、どこからそんな口上を引っ張ってきた? だが、それではなぁ。お前がどんなに器量がよくても、ううん、魔獣鑑定士……」
ナターリエは決して器量は悪くない。ただ、少しばかりマイペースすぎるきらいがあるのだが。実に「ハーバー伯爵家の美しい姉妹」と貴族の間では言われるぐらいなのだし、本来「間違いがない」はずなのだ。
だが、魔獣鑑定士。魔獣鑑定士と言えば、スキル鑑定士から派生した職業……ということは、人間を鑑定するよりも魔獣を鑑定することを選んだと言われても仕方がない。いや、それは実に本当のことだ。一体、どうしてそんなことを……と人々が尻込みをするのは当然と言えよう。
「ナターリエ。お父様は、第二王子から婚約破棄をされたあなたのことを思って、今後のことを考えていらっしゃるのよ」
「うう、それはそうですが……申し訳ないとは思っています……」
「特に、魔獣鑑定士は、そもそもそうなりたくて魔獣についての知識を持つ者しかなれないわけですから、そんな変わり者の妻が欲しい男はこの国の貴族にはいないとわかっているんですよ。だから、第二王子とは婚約破棄をしてはいけなかったのですが……」
すさまじい直球だ。今後はナターリエが「ううん」と唸る番だった。
「その時は、ええっと、そのう……魔獣研究所に務めている誰かに引き取っていただけたらラッキーだと思っておりますわ。あそこは変わり者の巣窟ですし……」
お前もその「変わり者」に属しているんだよ、とハーバー伯爵は言おうとしたが、妻が「それが最終手段ね」とあっさりと娘の意見を認めたので、ぎょっとした表情を見せる。
「それに、ええ、魔獣鑑定士の認定を受ければ、それをお仕事にも出来ますし、添い遂げる殿方がいらっしゃらなくても生きていけるのではないかと」
「貴族の娘が独立を考えることがそもそも稀なことですよ。わかっているのですね?」
「はい。お母様。それは重々わかっております」
その2人のやりとりを聞いていたハーバー伯爵は
「わたしの話はもう聞いてもらえないのかね……?」
と少しばかりしょんぼりとした。それから、国王からの呼び出しで何を言われるだろうかと考えて、もう一度、腹を押さえて「うう」と呻いた。
さて、重ねてになるが、スキル鑑定士には大きな制約がある。みだりに人を鑑定してはいけないため、国王と神官立ち会いのもと、誓約を行う。基本的に王城で王の命がある場合のみスキル鑑定を行うこと。個人で行う時は正当な理由であると証明出来る立会人をもうけること。そして、どうしても、どうしても、不測の事態が起きて必要に迫られた時は、ひとつきに3度までは許される。
ゆえに、スキル鑑定士の多くは公に当人がスキル持ちだとは知らされない。スキル鑑定を行う場では、鑑定士は姿を見せないことがほとんどだし。よって、魔獣鑑定士になって、スキル鑑定のスキルを封じることで、初めてその名を人々に言える。失ってから「そうだった」と言うだけなのだが。
魔獣の鑑定は人の鑑定よりも更に難しいし、何より「スキル」に限らない。そして、危険を伴う立場になるため誰もがなりたがらない。その上、現存する魔獣に対する知識も必要だ。魔獣の名をまず知らなければいけないし、魔獣のスキルは多岐に及ぶことや、時にはその魔獣の生態を知らなければ「スキル名」がわかっても効果を理解出来ないこともある。だからこそ、魔獣の知識がない者は魔獣鑑定士にはなることが出来ない。スキルさえあれば良いというものではないのだ。
よって、ナターリエは数年前から、王城近くにある貴族のみ使用が許された図書館で魔獣に関する書物を読み漁り、それでもまだ足りないと、今は王城内の図書館で古い文献と格闘しているのだ。今日もまた、彼女は図書館に来ている。
(とはいえ、実施試験はちょっとドキドキするわねぇ~! うふふ、ついに、魔獣たちに会えるなんて、嬉しいわ……!)
実施試験は魔獣研究所で保護をしている魔獣を使うらしいが、そこに出入りを出来る資格を彼女は持っていない。よって、どの魔獣も彼女にとっては初めてのものだ。
(っていうか、わたしが鑑定をして、それが正解かどうかわかるのかしら? 魔獣鑑定士が魔獣研究所に、今はちゃんといらっしゃるのかしら……)
と、考えても仕方がないことを考えながらページをめくる。彼女が読んでいる文献には、古の魔獣について書いてあり、それらは今は『古代種』と呼ばれて絶滅しているという。だが、魔獣研究所にもしや子孫がいるかもしれない、と念には念を入れて復習をしているところだ。
「ああ、竜も、この文献が出た頃は古代種だったのね……」
その文献には多くの竜のことが書かれている。絶滅種だと言われていた竜が、実はそうではなかったとわかったのは50年前。そこから人間の手で増やされて、今のヴィルロット王国の数カ所では飛竜騎士団が結成をされているほどだ。
「そうだわ! 竜! 忘れていた!」
(明日のグローレン子爵主催のパーティーは面倒だからぎりぎりでお断りしたかったけど、子爵が小型の竜を飼い慣らしていると聞いているわ。ちょっと声をかけてお話をしたら、本物の竜を見せてもらえないかしら……)
そうだ。そうしよう。魔獣鑑定士の実地前に、それで気分をあげよう、と思う。
「見せてもらえますように……」
なんだかんだ彼女は魔獣が好きなのだ。竜と会えることを考えて頬が緩む。文献に目を落として、竜の種族についてほわほわとあれこれ想像しているうちに、どんどん時間は経過してしまった。
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