第2話 筆記試験合格のこと

 馬車で登城をして、エントランスで王城図書館の利用を申し出る。身分証明のカードを受け取って、王城の奥にある大きな図書館にナターリエは辿り着いた。


 ここはヴィルロット王国屈指の図書館だ。王城でも独立した棟にあり、渡り廊下を通っていく。しかし、残念ながら利用者の量は多くはない。そのほとんどは、魔術師たちで、魔術に関する書物は図書館でもエリアが別になっているほどだ。


 ナターリエが必要とする書物は、魔術に関するものに比べれば相当少ない。いつものように「よく使っている」書架の前に行くと、あちらこちら書物が抜かれていることに気付く。


(なんだか、書物が減っている気がするわ。わたし以外の誰かが魔獣について学んでいるのかしら……?)


 王城の図書館には、魔獣について書かれた書物がいくつか存在していた。が、その半分ほどが現在貸し出されていることにナターリエは気付く。


(どれも、とっくの昔に読んだものだけど、それでももう一度勉強をしたいと思っていたのに……まぁ、他にも色々書物はあるから、いいのだけど……)


 誰がいつまで借りているんだろう。ナターリエは、貸出担当者の元へ行き、貸し出しの履歴を確認した。


「申し訳ございません。魔獣に関する書物は、つい先程リントナー辺境伯のご子息のヒース様が、長期貸し出しで持ち出していらっしゃいますね」


「リントナー辺境伯……? ええ~? 長期貸し出し? あら、まあ」


「はい。半年ほどでしょうかね。誰も読まないだろうということで……」


 わたしが読むのに、とナターリエはちょっとだけ唇を突き出して「ううん」と唸った。


(なるほど。リントナー辺境伯領は緑が多く、魔獣の出没も多い場所だと聞くわ。きっと、そのせいで勉強を強いられているのでしょうね……でも、どうしてかしら? リントナー領には、リントナー領で作られた書物や、なんというか、ええっと、記録のような? そういうものがあるような気がしたのだけど……)


 と、考えるナターリエに、担当者は「どうしますか? 返却されましたら、ご連絡をいたしましょうか?」と尋ねる。


「いえ、大丈夫です。そしたら、えっと、閉架書庫の閲覧申請をさせていただいても?」


「はい。閉架書庫の鍵をご用意いたしますので、では、こちらに利用者のご記入をよろしくお願いいたします」


「はぁい」


 ないならないで、ある場所に潜れば良い、とナターリエは既に閲覧をほとんどされないと言われている閉架書庫の利用申請をした。魔獣についての書物がどこにどれだけあるのか、それは、幼い頃から通っていた彼女にはよくわかるのだ。


(大丈夫、大丈夫。きっと、わたしなら合格できるわ……スキル鑑定のお勉強だって、なんとかなったんですもの)


 それに。貸出されている書物の半分が、古代種について書かれたものだ。古代種とは、既に絶滅している魔獣のことなので、魔獣鑑定のテストといっても、筆記の歴史部分に少し出て来る程度のものだと彼女はわかっていた。


(古代種なら、ほとんど魔獣鑑定のテストに出ないし……それに、古くなった閉架書庫の書物の方が多く掲載されているぐらいですものね。それにしても……)


 どうして、リントナー辺境伯子息は、よりによって古代種の書物を借りたのだろうか。少しばかり、そこには疑問が残ったのだった。



 そんなこんなで、2日後、ナターリエは魔獣鑑定士の筆記試験を受けた。王城にあるこれまた別棟でそれは行われ、案外広い部屋に、ナターリエがぽつんと一人だけ。考えれば、スキル鑑定の派生スキルなのだから、その試験も10年に一度、とかそんなぐらいなのだろうと思う。魔獣研究所で働いている職員の多くは、鑑定スキルを所持していないのだし。


(筆記試験を作るのも、人生で一度や二度程度なのでしょうね。というか、もしかしたら前回と同じ試験内容だとか、そんなことは……)


 そんなことは、あった。勿論、前回の試験内容をナターリエは知らなかったが――前回その試験を受けた者と面識もなければ情報も開示されないため――それほど魔獣鑑定士になろうという人物は少ないのだ。そして、魔獣研究所があっても、そうそう試験問題に影響をするほどのことを発見することもないのだと言うことがわかる。


「というわけで、ハーバー伯爵令嬢は筆記試験に合格をしました。続いて、実地試験を行ないますので、そちらはまたお知らせをいたします」


「ありがとうございます。お待ちしております」


 試験官から資料を受け取ると、ナターリエは一礼ののち、退出した。感情の高ぶりが抑えきれず、王城の通路を歩く足取りがついつい早くなってしまう。


(やったわ……! あとは実施試験をクリアすれば……!)


「魔獣鑑定士に合格できる……!」


 いけない、高揚してついつい声が出てしまった。伯爵令嬢にあるまじき行いだと慌てて周囲を見渡すが、幸運なことにその通路には誰もいない。ひっきりなしに人が行き交う王城なのに、今日の自分は「もっている」などと更に浮かれ気分でエントランスへ向かう。


「ユッテ、お待たせ」


 王城のエントランスを抜けて外に出れば、入城を許されなかった者のために待合室がある。そこにはユッテが待っていた。


「お嬢様、いかがでしたか?」


「合格したわ! 後は実施試験だけなのよ。うふふ」


「まあ、まあ、それはよかったですね。お屋敷に戻って、伯爵様と奥様にご報告をしませんと」


「その前に、カリテのお店でケーキを食べましょう~!」


「はい!」


 伯爵令嬢ともあろう者が、城下町でケーキなぞ……とハーバー伯爵には難しい顔をされるが、今日は無礼講だ。2人はひとしきり喜び合って、馬車に向かう。


「ああ~、やっと、やっと魔獣たちの鑑定を出来るようになるなんて。これでわたしの完璧な人生設計に一つ近付いたものだわ……。魔獣鑑定士になって、魔獣研究所に勤めることが、わたしの夢だったんですもの……」


 そのナターリエの言葉に、そうっと、そうっとユッテは突っ込みをいれる。


「完璧な人生設計とは、ちょっと違う気がします……」


 完璧な人生設計ならば、婚約者に逃げられたりはしない。結果的に、第二王子については、婚約破棄は認めるし、隣国に嫁いでもいいから一旦王城に戻れ、という話になったようだった。それすら、もしやナターリエには「過去のこと」で、何も自分には関係がないと思っているのだろうか……と、ユッテは言いたいのだ。


「ユッテ、何か言った?」


「いいえ、何も申しておりません」


 何も申していないとユッテは言うが、当然のようにナターリエの耳には彼女の言葉が聞こえていた。


「だって、仕方がないじゃない? まず、わたしが第二王子と婚約をしていたのはスキル鑑定のスキルのせいだし、それに……第二王子が……駆け落ちまがいのことをしなければ……ううん、逆に婚約破棄をしていただけて、ありがたいと思っているのよ……」


 あ、一応覚えているんだ、と思うユッテ。


「お嬢様がスキル鑑定のスキルを持っていることを、人に知らせることが出来ませんからねぇ……王族との婚約も止む無しでしたから……」


「ええ。でも、そのお……第二王子は、わたしでは、不服だったみたいですものね。勿論、わかっているのよ。わたしが王子に合わせたのではなく、王子がわたしに合わせたのですもの。そりゃあ、お嫌に決まっているわ」


 思い出せば、婚約破棄はやっぱり少しだけ悲しい。だが、少しだけだ。逆に、第二王子に同情をする。だって、第二王子はほぼ被害者だとナターリエは思う。よく知りもしない自分と婚約させられて、本当に申し訳なかったと思う。だが、ナターリエはナターリエで「わたしも好きでスキル鑑定士になったわけではないし、こっちも被害者なのだ」と少しばかりは言いたい。言わないが。


「お嬢様、カリテのお店では何を食べるんですか?」


話を切り替え、ユッテはそう言いながら馬車のボックスのドアを開けた。


「今の限定品って何かしら? ああ、楽しみね!」


 その心遣いに気づいて、ナターリエはユッテに笑いかけながら馬車に乗り込むのだった。

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