魔獣鑑定士令嬢は飛竜騎士と空を舞う

今泉 香耶

第1話 婚約破棄のお知らせ

「ナターリエ様。第二王子より、婚約破棄の申し出がありました」


「えっ」


「そして、現在第二王子は、返事も聞かずに王城を出て、国境を付近にいらっしゃるご様子です」


 ハーバー伯爵令嬢ナターリエは先月18歳になり、2ヶ月後には1歳年下の第二王子との婚礼を控えた身だった。プラチナブロンドに琥珀色の瞳。人々に「外見はよろしいが、いささかマイペース」と言われる程度には美しい……が、その「マイペース」らしく、執事に向かって首を傾げる。


「ええ~……? ちょっと突然では? お相手がいらしたの?」


「そのようですね……」


「ううんと、まだ婚礼の発表もギリギリ出していないからそれはいいとして……よくないけど……それにしても、国境を越えるってどういうことかしら?」


「よくわかりませんが、どうやらお相手が隣国のご令嬢らしく」


「ええ? だって、隣国にいったら、殿下の肩書きはなくなってしまうんでは?」


「婿入りするのでしょうし、問題はないのでしょうかね? 余程の大恋愛だったのではないでしょうか……」


 そんなことを言われても、と実に執事も困っている。だが、既に第二王子が国境を越えるところまでたどり着いているならば、どうしようもないなぁと呑気にナターリエは思った。正直なところ、腑に落ちない。彼はそんなに行動派だっただろうか? そう考えたが、考えられるほど自分は彼と話をしていなかったのだし……と思う。


「全然気づかなかったわ……あれかしら? 昨年各国から要人が集まって……そこでどなたかとお会いしたのかしら? それとも、お手紙で? よくわからないけど……まあそうなのね」


「それで、陛下からのお申し出で、第二王子を捕まえるか、逃がすか、ナターリエ様の一存で決めて欲しいと」


「え? そんな呑気なこと……ああ、捕まえて連れ戻したら、婚約破棄はナシになるってことかしら? ううん、そうねぇ……」


 突然のことで少しばかり頭を痛めるナターリエ。一応婚約破棄の申し出をしてくれた第二王子のことは「えらい」と思う。だが、彼を逃がすかどうかをナターリエの一存で、などと言い始めた国王については「それはどうか」と思う。


「それって、国王陛下が、第二王子がいらっしゃらなくても問題ないとお考えだということなのかしら? わたしが魔獣鑑定士の試験を受けることを了承してくださっているからかしら?」


「そのですねぇ……そもそも、第四王子までいらっしゃいますし……」


「そうね。わたしも、魔獣鑑定士に合格をすれば、もう肩書きを隠す必要もないわけで……本来、第二王子とお別れをしても良い話だったのですもの。ええ。逃がしてもいいんじゃないかしら」


「しかし、それでは、ナターリエ様は、今後『婚約破棄された伯爵令嬢』として人々から見られるばかりか……きっと『元婚約者に国外に逃げられた令嬢』とすら噂をされると思うのですが」


 渋い表情を見せる執事。だが、ナターリエは逆に満面の笑みを見せる。


「わたし、魔獣鑑定士の試験に合格をして、それから魔獣研究所に勤めようかしら。そうしたら、どなたもわたしに興味を持たないでしょうし。もともと第二王子も、嫌々わたしと婚約をしていらしたんですもの、仕方がないわ。とはいえ、そうねぇ……決めかねますので、陛下のお心に従います、ただし、婚約破棄は覆しません、とお返事しておいて」


「は……では、そのようにお伝えします」


 執事はそう言って、部屋を出ていく。残されたナターリエは、溜息をひとつ。


「大体、よくないのよ。スキル鑑定士はその存在を人に知らせてはいけないなんて。話がおかしいわ。だからこんなことになっちゃうんじゃない」


 ヴィルロット王国には、現在スキル鑑定のスキルを持つ、いわゆる「スキル鑑定士」が8人ほど。そのうち、貴族は3人だけだ。その中でも、ナターリエの力は2番目に強く、他のスキル鑑定士が「見えない」らしい、細やかなスキルや発動条件、あるいは、今後覚醒をする可能性があるスキルまでをも見ることが出来る。


 だが、そのスキルは希少なものだったし、何より「他人のスキルを見る」ことはあまりよろしくない。よって、スキル鑑定士は身分を越えて「国に仕える」制約を持ち、その肩書きを人に明かさず、国のためだけにその力を使うことを義務付けられている。


 よって、ナターリエがスキル鑑定士であることは基本的には明かされず、王族とハーバー伯爵家、そして王城の数人の臣下と、人に明かさないという誓約を行なった神官だけの秘密になっている。当然、本来は嫁入り先に明かすことも出来ないため、彼女は第二王子と婚姻を結ぶことになってしまったのだ。


「わたしも第二王子とはそう仲良くお話もしていなかったし、国から逃げようとなさるぐらいのお相手がいるんだったら、それはそれで……」


 少しだけ心が痛むが、捨てられたのだからそれは仕方がない。第二王子とは数回は会ったが、ナターリエのことをあまり好ましく思っていなかったと思う。スキル鑑定のスキルを持って生まれたからといって、どうして……と文句も言われたし、仕方がない。彼は彼で、政略結婚ならば受け入れるが、それにも満たない――と彼は思っている――ナターリエのための婚姻には納得がいっていなかったのだと思う。


「悲しんでいてもどうしようもないものね。ううーん、魔獣鑑定士の試験勉強をしなくちゃ」


 さて、幼い頃からスキル鑑定士として働いて来たナターリエだったが、この度「魔獣鑑定」のスキルが覚醒した。大人になってから現れるスキルを「潜在スキル」や「予兆スキル」という。また、もともと魔獣鑑定のスキルは派生スキルなので、その前段で必ずスキル鑑定のスキルを得ている前提となっていた。


 とはいえ、魔獣鑑定に関しては「スキルを持っている」だけでは魔獣鑑定士という職業にはなれない。何故なら、魔獣の知識がなければ、鑑定をしても「よくわからない魔獣の、よくわからないスキル」がぼんやり見えるだけになるからだ。魔獣鑑定は人間のスキル鑑定士とは違ってその存在自身を問うところから始まるので、魔獣の知識がなければどうにもならない。


「第二王子には申し訳ないことをしたけれど、どちらにしても魔獣鑑定士の試験に合格したらスキル鑑定のスキルは封印してしまうし、これで心置きなく王族と離れることが出来るので、良いことだと思うわ」


「そうですねぇ、国王陛下から、これで心からお許しいただけると良いですねぇ。スキル鑑定のスキルは稀有な才能ですから、手放したくないのでしょう?」


 ずっと黙って執事とナターリエの会話を聞いていた、ナターリエ付きの女中ユッテは難しい表情でそう言う。確かにそうなのだ。だが、それも仕方がない。ナターリエにとっては、派生スキルの魔獣鑑定のスキルの方が大切なものなのだが、一般的にはその手前、スキル鑑定のスキルが重宝されているからだ。


「そうなのよねぇ。陛下は相変わらず、スキル鑑定のスキルを封印することを、良く思ってくださらなくて……でも、そうしなければ魔獣鑑定士にはなれないんですもの。仕方がないわ」


 むしろ、そうまでして魔獣鑑定士になりたい令嬢がいることの方が驚きなのだ。実際、スキル鑑定から派生をして魔獣鑑定のスキルを得た者でも、そのままスキル鑑定士に留まる者がほとんどだ。


「だって、魔獣の鑑定よ……? 魔獣は、わたしの憧れですもの。まさか、自分に魔獣鑑定のスキルが覚醒するとは思っていなかったし、もう、本当に夢のよう……」


 そう言って、ナターリエは幸せそうに、ぼんやりと宙を見つめる。何を考えているんだろうか、とユッテは更に怪訝そうな表情でそれを見て


「ええ、ええ、お嬢様ほど魔獣のことに詳しい人を、わたしは知りませんからね……」


 と、少し粗雑に答える。


「でも、まだまだなのよ。そのう、小さい頃から魔獣に憧れて来たけれど……わたし、現物を見たことはほとんどないし……何より、まだまだ勉強をしなければいけないもの。うん。くよくよしていても仕方がないわ。王城の図書館に行って来ようかしら」


「お出かけになりますか」


「ええ、馬車の用意をしてくれる?」


「かしこまりました」


 悩んでいても、既に起きたことは仕方がない。ナターリエは婚約破棄にくよくよしている暇があるなら、控えている魔獣鑑定士の試験のため勉強をしなければいけないのだ。

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