第六章 帝都 7

 一行は昨日来た湖までの道のりを引き返すような形で坂を上っていた。

 先頭に護衛の兵士がふたり、案内役のポンペイウスの後ろにアスカニウスとユリアンと代表団。ヘラスとパリス、その後ろにも護衛兵士がふたり、さらに荷運びの使用人というちょっとした行列になっている。

 本来ならアスカニウスやユリアンは臥輿がよに乗って移動するのだが、すぐそこだからとフェリクスたちと共に徒歩での移動を選んだ。

 朝食を取ってすぐ出立したが、真夏の太陽はすでに勢いよく照り付けていた。フェリクスはその眩しさに目を細める。


「暑いですね……モレアよりずっと涼しい土地だと聞いていましたが」

「真夏の昼間はさすがにな。でも第一街区や第二街区に比べるとこっち側は涼しい方なんだ。風が弱いが、建物も人も少ないから、息はしやすい」


 アスカニウスはトーガの肩の部分を持ち上げて空気を送り込みながら笑った。

 昨日通り抜けてきた人いきれのアルバ市内を思い出す。村では朝晩の祈り以外はトーガを着ないで過ごしてきたフェリクスは、とても笑うことは出来なかった。あれだけ人も建物も密集していれば暑いに決まっている。

 貴人宅への訪問のため今日も全員正装だ。神官たちの紫色のトーガはいつもの通りで、ルキウスとニコレはアスカニウスに仕立ててもらった新しいトーガをぎこちなく身に纏っている。


 今日から大祭誘致のための宣伝活動を始める。

 最初に向かうのはアスカニウスの親しい友人で元老院議員の第一人者、ガイウス・ヴァレリアス・シラクスのところだった。

 アルバ元老院は五十人の貴族代表と五十人の平民代表、合計百人からなる帝国の政治の中心だ。

 この百人がピュートー、ネメア、エリスのいずれかに投票し、最も多く票を獲得した神域が次の大祭の開催地となるのだ。


「間も無くシラクス邸です」


 先導するポンペイウスが道の先を指差した。湖の畔のアスカニウスの私邸からつづら折りの坂道を三度折り返して上った、斜面の中腹に位置している。

 道と屋敷の庭を隔てる日干し煉瓦の塀が見えてきたところで、ユリアンが緊張気味に口を開く。


「長殿、手土産が少なくはないでしょうか? やはりもっと宝飾品や書物など高価なものを用意した方が良かったのでは……それか硝子とか、牛革とか」

「なんだユリアン、さっきから静かだと思ったら、ガイウスへの贈り物の心配をしてたのか?」


 アスカニウスの言葉に、ユリアンは緋色の縁取りのトーガの端を強く握る。

 貴族は何かにつけて贈り物をしあう。互いの結束を確かめ合ったり、時に仕事上の見返りを求めたり、高価な珍品を贈ることで機嫌を取ったり力を誇示したり、目的はさまざまだ。

 その興りは神への供物が由来であり、敬意を表したり相手からの恩恵にあずかろうと言う場合、金品の授受は欠かせない。


「そう気取るような間柄ではないから、適当なものでいいだろう。だいたいアイツは何を贈っても、これはこれは結構なお品で、としか言わないんだ。欲しい物があるのかもよく分からん」

「わ、分からないから恐ろしいのです! 何を渡せば喜ぶのか分かるなら苦労は致しませぬ。不満足な物を贈り、クラディウスは見る目がないとか、ケチだとか思われては困ります」


 フェリクスはふたりのやり取りを聞きながら、行列の後方にいる荷運びに持たせた木箱の中身を思い出す。

 これからシラクス家に進呈するのはモレアで買い付けた絹糸とパピルスだ。どちらも高価な物には違いないが、金があればアルバ市でも手に入れることは容易い。

 唯一希少なものと言えば、ピュートーの神域の泉の水。フェリクスたちが首から提げている――アスカニウスは早々に飲んでしまった――あの硝子瓶と同じものだ。

 神域へ詣でた者が水や土を持ち帰るのは巡礼の定番で、そう大量に持ち出せるものではないため自然と親しい者だけに渡すことになる。


 つまり、これから会う人物はアスカニウスにとって極めて大切な相手なのだ。帰還後一番に訊ねるほどに。


「そんなに緊張するな。ガイウスは顔は怖いが、お前を取って食ったりはしないし、土産に文句をつけるほどせせこましい男でもない」

「し、しかしヴァレリアス・シラクス様は、元老院の第一人者でいらっしゃいますし、その、お顔も恐ろしいのですが……とにかく、緊張するのは当然です!」


 第一人者とは文字通り、その道において最も権威ある者を指す言葉だ。

 弁護士の第一人者、医師の第一人者、文筆の第一人者……数多あるアルバの職業それぞれに第一人者がいるわけだが、ガイウス・ヴァレリアス・シラクスはアルバ元老院議員の第一人者。御歳七十歳になる、帝国政界の頂点の存在だ。


 ニコレが歩きながらそっとフェリクスに近寄り、周りに聞こえないよう小さな声で問いかけてきた。


「あの、フェリクス様。第一人者って……水龍様は元老院の第一人者にならないんでしょうか? 長く議員でいらっしゃるんですよね?」

「クラディウス様はもともと軍の総司令官でしたから。軍人の第一人者と目されていたはずです」

「あ、なるほど」


 ニコレがすっきりした顔で頷いた時、木々に隠れていた屋敷の玄関が姿を現した。

 ポーチの柱は白ではなく紫がかったうすいピンク色で、陽の光を浴びてところどころキラキラと輝きを放っている。西方から運ばれる高価で貴重な石材だ。屋根瓦は伝統的な赤茶色で、平瓦と丸瓦が交互に整然と並べられているが、やはり屋敷の全容は視界に入ってこない。


「こっちが、こじんまりとしてない本当の大邸宅だ。アルバ市で一番大きいと聞いている」


 アスカニウスが何故か自慢げな表情で言う。

 湖畔のアスカニウス私邸と比べても、玄関ポーチからして倍はある。今歩いてきた道にずっと続いている塀のどこからがシラクス邸だったのかも判別がつかない。いったいいくつ部屋があるのか。その中に何人の人間が暮らしているのか。

 フェリクスは軽いめまいを感じて額に手をかざした。


「……恐れ入りました。ここならピュートーの村人全員が押しかけても大丈夫そうですね」

「はははっ、さすがにそれは無理だな!」


 アスカニウスは面白そうに笑い声を上げ、自宅に入る時と変わらない足取りで門の前へと進んだ。

 門の横には屈強な体躯の門番がふたり、人通りの少ない道を監視している。彼らはアスカニウスに向かって恭しく頭を下げると無言で門を開き、ひとりが案内にため先に立って玄関へと入って行った。


「さすが水龍様。名を告げる必要もないのですね」

「水龍様ならどこのお宅でも通してもらえそうですわ」


 ヴィオラとマルキアはもう癖のように顔を寄せて囁き合う。

 一行は大きな洞窟のような玄関を抜けアトリウムへ出た。屋敷の中は厳かで落ち着いており、奇をてらった装飾はない。屋敷の主が伝統を重んじ日々を厳格に暮らしているのが伝わってくる。

 しかし、何から何まで、大きいのだ。

 門が大きければ屋敷の天井も高い。当然柱も大きく、廊下は長く、一つ一つの部屋も広いことが窺える。

 モザイクタイルの廊下を進んでプールを回り込み、玄関からほぼ正面に位置する執務室へと通された。


「ひ、広い……」


 絞り出すように呟いたのはヴィオラだった。口に出すつもりはなかったのか、言ってしまってから目を伏せて小さく咳払いをする。

 執務室の中ももちろん豪華だ。

 フェリクスたちが勧められた椅子は背もたれも高く、飴色に磨き上げられていて、クッションは当たり前のように絹製。主人の席の足置き台は緻密な彫刻に金箔の装飾。床には一枚織の大きな羊毛の絨毯。二面の壁にはそれぞれアルバ山と土龍の姿が描かれている。

 土龍はアルバ市の守護だ。


 フェリクスは椅子に座りかけたところでその壁の龍に気付いた。トーガの裾を引いて体の正面を土龍に向け、礼を取る。入室したピュートー代表者は皆、ほぼ同時に同じ行動を取っていた。それを見たユリアンがはっと椅子から立ち上がり、アスカニウス、ポンペイウスも倣って頭を下げる。


「これは、これは。モレアの方々はさすが、龍への敬愛がお強いようだ。けっこう、けっこう」


 しわがれた老人の声が室内に響いた。

 執務室へ入ってきたのは、薄くなった白い頭髪に長い白髭を蓄えた貫禄のある老爺だった。右手に杖をつき、左手は従者に支えられている。


「ガイウス、久しいな!」


 アスカニウスが老爺に向けて親しげに両手を広げた。

 ガイウス・ヴァレリアス・シラクスは確かに迫力のある厳しい容貌をしていた。

 長く伸ばした白髪と、真っ白な顎髭。歳を重ねた皮膚は堅く、額や頬には深い皺が刻まれている。しかし痩せ衰えているわけではなく、まだ背も曲がらず、杖と従者の支えを借りているとはいえ足取りはしっかりしていた。青みがかった灰色の瞳も皺の深くなった目蓋が重たそうだが、眼差しは力強い。


「ああ、ああアスカニウス様。わざわざお運びいただきまして、申し訳もございませぬ」

「気にするな、すぐ近くなんだから。腰の具合は大丈夫なのか?」

「我ながらなかなかしぶといもので。見ての通り亀の歩みは変わりませんが、痛みはもうないのですよ。北方から取り寄せた怪鳥の卵が効いたようです」

「ハハッ、元気そうだ。いっそ呼びつければ良かったか」


 伝説の賢人のような容姿の老爺と、まだ青年の姿のアスカニウスのやりとりはあべこべだ。老人――ガイウス・ヴァレリアス・シラクスは恩師と再会した生徒のように低頭している。

 アスカニウスはガイウスの体を気遣って、手を貸して椅子に導いてやった。

 ガイウスの椅子と向かい合う位置にアスカニウス、その隣にユリアン。少し離れたところにフェリクスたちの席が一列に並ぶ。ポンペイウスはアスカニウスの席の近くに立ったまま控えた。他の従者や兵士は執務室の外だ。


「まずは、アスカニウス様の無事のご帰還をお喜び申し上げます」


 ガイウスは使用人に手伝ってもらいながら右足をあの豪華な足置き台に乗せた。


「ユリアン坊っちゃまも大きくなられましたな。いつの間にかモレアに旅立ったと聞いた時は、驚きましたが」

「お、お、お久しぶりに存じます、ヴァレリアス様。この度は、わ、わたくしも、長殿の職務を手伝いながら、勉強をさせていただくこととなり、ど、同席致しました」

「これはこれは、けっこうなこと。フィレヌス家は武人ばかりでなく、未来の政治家もきちんと生み出されたようだ」


 ガイウスが笑顔を浮かべると頬の皺が深くなった。


「紹介しよう。彼らがピュートーの代表団だ」


 アスカニウスが振り返ってフェリクスたちを手で指し示され、全員が同じようにぴんと背筋を伸ばした。


「三名は神官だ。フェリクス、マルキア、ヴィオラ。奥のふたりは若い衆の代表でルキウスとニコレ、従兄弟同士だ」

「これはこれは、ようこそアルバ市へ、神域の守り人の皆様。長旅でお疲れのところ我が家までお運びいただき、申し訳なかった」


 フェリクスは言葉を返すか迷い、緩く首を左右に振るだけにとどめる。ルキウスは小刻みに首を振り、ガイウスの笑いを誘った。


「代表団の頭領は彼だ。まだ若いが長老並みの仕事ぶりで、ピュートーを実質的に治めてる」


 アスカニウスに促され、フェリクスは椅子に座ったまま胸の前に手を掲げて頭を下げる。


「フェリクスと申します」

「これは頼もしい。守村の長が私のように高齢であれば上京は難しかろうと思うておりましたが、若い長がいるなら安心ですな」

「神官殿はなかなか斬新で鋭い提案をするぞ。大祭の開催地について議論した時なども面白いことを言った」

「ほう」


 フェリクスは顔を上げてガイウスに向き直る。部屋が広くガイウスとの距離も遠かったが、力のある老爺の視線は鋭くフェリクスに刺さった。自然とまた背筋が伸びる。


「今回の投票でザーネス大祭の開催地を決めますが、その後また新たに投票を行い、別の開催地が選ばれるというのはいかがかと考えまして」


 フェリクスはいつにない緊張を感じながらも、はっきりとそう口にした。

 これも事前にアスカニウスから言われていたのだ。是非、ガイウスの前で考えを話して欲しいと。それはフェリクスの案を実現するための根回しの一環でもあるが、まつりごとを学びたいと言ったフェリクスに勉強の機会を与えてくれたのだ。

 ガイウスはわずかに目元を動かしたように見えた。


「何故、そのようなことを考えられた?」

「は、はい。かつてモレアにて大祭が行われていた頃、四つの神域の中で最も力のある土地が開催権を手にしておりました。此度の投票で選ばれる開催地は、今この時に最も相応しいと判断される土地。しかしそれは未来永劫変わらぬわけではありませんし、どこか一つに決めなければならない理由もありますまい」

「なるほど。して、次の投票はいつが良いと考える?」

「それは……大祭は五年に一度。五年ごとに投票を行なっても、次の開催地の準備は間に合います」

「ふうむ」


 ガイウスは自分の顎髭を撫でてしばし空中に視線を投げた。本当に表情の変わらない人だ。


「アスカニウス様は、今の話を議会に提案するおつもりで?」

「様子を見て、問題がなさそうなら話題に出してもいいかもな。大祭復古はなんとか可決したが、やり方についてはまだまだうるさい奴らも多い」

「良いではありませぬか。その時々の有力地域となれば、自前で用意できる予算も多かろうかと。さすればケチな議員も少しは黙らせられる」

「俺のいなかった間、議員たちはどんな様子だった?」


 ガイウスは髭を撫でていた手を椅子のひじ掛けに戻し、体を傾けて寛いだ様子を見せた。


「最初に大祭が開かれたネメアが相応しい、という話をよく聞きまするぞ。ただ、ネメアはちと奥まった場所にありますゆえ」

「その点ピュートーは便がいいぞ。モレア港から歩いても七日あれば着ける。近くに大きな宿場もあるから宿の心配は無用だ」

「なるほど。ピュートーで大祭が決まれば、きっと宿場町は勝手に宿や店を増やすでしょうな。そこに金を使う必要はなくなる、と」

「劇場と競技場が一番小さいのはピュートーだが、神域の広さそのものは逆に一番大きいんだ。新しく劇場と競技場を追加してもまだ余裕があるくらいだ」

「ホッ、ホッ、ホッ、悩みますな」


 宣伝活動のやり方は相手によって変わる――とアスカニウスは説明してくれた。ひと月かかった船旅の間、毎日のように甲板や船室で代表団ごとの会議を開いていたのだ。

 アスカニウスがすでに親しく、ピュートーに票を入れてくれると予想できる人物には、世間話をして土産を渡すだけで良い。立場が曖昧な者にはフェリクスたちが質疑に応じる。さらに旗色の悪い者にはまずアスカニウスがひとりで面会し、次の機会に代表団を連れて再訪問する。大まかにこの三種類に分かれていた。

 ガイウスはもちろん、アスカニウスがすでに親しく、ピュートーに票を入れてくれると予想できる人物に該当する。


 ひとしきり大祭について情報交換をした後、ふたりの会話は世間話へと移っていった。


「そういえば。クラディウス様にお任せしたあの子供は、なんといいましたか。ほら、農家の子で、下働きの口を探していた」


 ガイウスがこめかみに指を当て、考える素振りを見せる。

 するとアスカニウスの横で置物のようにじっとしていたポンペイウスが口を開いた。


「もしや、パウルスのことでございますか? パウルスなら先月より召抱え、アスカニウス様の私邸で働いております」

「ああ、そうだった! あの子はガイウスの口利きだったな」


 フェリクスは違和感を覚えた。

 昨日アスカニウスは、パウルスがガイウスの紹介で働き始めたのを知っていた。今朝も農家の子だと口にしていたはずだ。それをまるで、今思い出したかのように話している。


「その節はお世話になり申した。実は、もとはコーネリウスからの紹介でうちに話が回ってきたのですが、急に子供を雇うのは悩みまして。人手は足りておりましたし」

「いいんだ、いいんだ。ちょうど客人が増えたところだったしな。お前からの頼みなら断れん」


 アスカニウスは顔の前で右手をひらひらと振った。

 ようやくフェリクスにもこのやり取りの意味が理解できてきた。

 ふたりは形式的な社交辞令を述べ合っているのだ。頼み事を聞いてやった、しかしそれは些細なことだ、うっかり忘れてしまうくらいに。という意思の確認をし合っている。

 ポンペイウスが身をかがめてアスカニウスに耳打ちした。


「アスカニウス様。荷をお忘れです」

「ああ、そうだったな。持ってこい」


 ――貴族流の礼節のひとつなのでしょうが、これは周りくどい。


 フェリクスはほんの少しだけ肩を竦めた。

 今の「そうだった」も、アスカニウスが本当に忘れていたわけではないのだ。そのくらい気軽な間柄だとか、会話に熱中してしまったとか、そういった場を作り出して、ガイウスとの親交を確かめ合っているに違いない。


「少ないがモレア土産だ。受け取ってくれ」


 アスカニウスの目配せを受けて、フェリクス、マルキア、ヴィオラが立ち上がる。

 これもすでに打ち合わせていた。ポンペイウスの合図で従者たちが土産の入った箱を持って来る。フェリクスたち神官が一箱ずつそれを受け取り、ガイウスの前で順番に開ける、という手筈だ。

 マルキア、ヴィオラの後にフェリクスが手にしたのは聖水の入った木箱だ。

 パピルスの箱、絹糸の箱と順に中身を差し出されたガイウスは「これはこれは、けっこうな」と変わらぬ微笑をたたえて頷く。なるほどアスカニウスの言った通り、何を贈っても表情の変わらない御仁なのだ。

 しかし、フェリクスが木箱の蓋を開け、硝子が割れないよう詰められていた布の中から小瓶を取り出すと、ガイウスの表情がかすかに動いた。

 薄氷のような青みがかった灰色の瞳がいちだんと細められ、眉間の皺がより一層深くなる。それはほんのわずかな変化だった。

 フェリクスはガイウスの顔を見つめそうになって、慌てて頭を下げて小瓶を差し出す。


「……ピュートーの神域の泉からいただきました、聖水にございます」

「これはこれは、けっこうな」


 ガイウスはまた同じ言葉を発してフェリクスの手から小瓶を受け取った。彼のかすかな表情の変化が肯定的なものだったのか、否定的なものだったのかは分からない。

 自席に戻る際アスカニウスに視線を送ってみたが、彼はほんの一瞬目を合わせてくれただけだ。

 フェリクスは誰にも気付かれないようにそっと溜息を吐いた。息を吐くと肩の力が抜けた。気付かぬうちに緊張して力が入っていたらしい。


 ――水に入っては水龍の命に、地を駆けるなら土竜の命に従え……ということか。


 帝都の貴族は予想以上に、腹が見えない。

















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