寄る辺の花②


 ***


 こんにちは。僕です。兎のように可愛いケイケイです。

 華さんが来てからというもの、オウリム様は華さんにぞっこんです。好き好き大好きな思考が筒抜けです。華さんかわいいですからね、僕の次に。

 さて、そんなオウリム様が僕に命じたことといえば、帝都っ子ならば誰もが知っている噂話。勝手に動いたり消えたりする月影宮の位置調査です。昼間はおとなしくしているため、調査は必然的に夜になります。ちくしょう、僕だってお月見手繋ぎデートとかしてぇぇぇぇ!!

 そんなことをぶつくさ言いながら、僕は今晩も地図を片手に位置調査です。先日消えた場所に立ってみますが、特に何も起こりません。試しに地面を拳で叩いてみても、特に何も起こりません。あの、僕、そろそろ本気でオウリム様を怒ってもいいですか?

 どぉぉぉぉぉん……

 どうやってオウリム様を懲らしめてやろうか考えていた僕の背後で、凄まじい爆風と爆音が鳴り響きました。僕が振り向くと、そこには。


 ***


「後ろに建ってたんです!」


「お化けが?」


「月影宮ですよ、月影宮!!」


 わたし達は食堂の四人がけテーブルに陣取り、ケイケイがだんっと勢いよく飛び上がる。さっさと自分のワイングラスとわたしの水を入れたグラスを隣のテーブルに避難させたオウリムが、飛び上がった勢いで零れた水を台拭きで拭いた。

 ふんふん鼻息荒いケイケイの話は、彼が座ってからも続く。


「いきなりどーんって現れたんです。しかも女の子がいたんですよ!」


「お知り合いの方ですか?」


「全く知りません。逃げ去る姿はかわいかったです」


 オウリムが二つのグラスをテーブルに戻し、無言で林檎を咀嚼する。ケイケイが黙り、テーブルに沈黙が落ちた。

 オウリムは果物が好きだ。昼間の葡萄しかり、林檎しかり、乾いた果物も頻繁に食べている。それだけでよくお腹がもつなぁとわたしは羨ましく思っているのだが、オウリムに言わせれば、清涼園の水で食事を済ませられるわたしのほうが羨ましいらしい。

 思わずふふと笑ったわたしを見て、オウリムが微笑んだ。


「華。以前に鍵の武具姫は双子かもしれないって話をしたよな?」


「はい。仮説として捨てきれてはいないんですが、突然どうされたんですか?」


「ちょっと思いついたことがあってさ。ケイケイ、おいケイケイ。怒らないでやるから話は聞け」


 三人でテーブルの中央に顔を寄せ、オウリムが周りを気にしながら小さな声で話す。

 彼曰く、鍵の武具姫は双子ではなくて──全ての話を聞き終えたとき、わたしは自分が持っていた鍵の武具姫双子説を捨てることに決めた。


「それで、華には玻璃宮はりきゅうに女官として潜入して欲しいんだ。金木犀の香りがする鍵の武具姫を探って欲しい」


「はい」


「ケイケイは引き続き、月影宮の位置調査を頼む。相手はどうやら肝が太いからな、再度姿を現すかもしれない。どうにかして捕まえてくれ」


「はい。分かりました。どうにかしろって言うならお前がどうにかしろってんだ、こんちくしょう」


 相変わらず毒舌を吐いてから、ケイケイが新しい汁そばを頼む。オウリムもさすがに七杯目につきあう気はないらしく、グラスワインを空にしてから、わたしを連れて食堂を出た。


 ***


 はーっと吐いた息が白く染る。清涼園より帝都のほうが寒いのだと、わたしは最近実感するようになった。

 オウリムとあれこれ言いながらお店を見て回るのは楽しかったから、今度はお札が使えるお店で暖かい上着を買おう。ワンピースも新調できたらしよう。

 それから、オウリムに贈り物をしよう。清涼園の冬の行事には、皆で贈り物を交換する日があった。何が当たるか分からないどきどきは、今でも素敵な思い出としてわたしの中に残っている。

 わたしが再度はーっと白い息を吐くと、隣を歩いていたオウリムも白い息を吐いた。


「オウリム様」


「うん」


「昼間の買い物の最後、何を買われたんですか?」


「花の鉢植え。小さなやつなんだけどさ、大切に育てると華に似た白い花が咲くって言われて。窓辺に置いて育ててみようかなと」


「素敵ですね」


 オウリムが鉢植えを世話している姿を想像して、わたしは微笑む。

 わたしがオウリムの腕に抱きつくと、オウリムが頭を撫でてくれた。


「ワイン飲んだから、くちづけはなしな」


「全然お酒臭くないですよ?」


「それでも駄目」


「えー」


「えー、でも駄目。可愛いけど駄目」


 東の離宮が見えてくる。わたしと同じ白い花が、わたしとオウリムの部屋で咲く。それはとても素敵なことに思えて、わたしは早く咲きますようにと寒空に願った。

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