侵入者と底辺騎士⑤

 気まずい沈黙が流れる。

 これがドンファン将軍が発した台詞せりふならば、わたしは即座に己の人生を悔やんだだろう。あんな乱暴な人に裸体を見られたのだとしたら、舌を噛み切って死んでしまいたい。それぐらい嫌だ。

 相手がオウリムの場合、恥ずかしい=絶対に嫌ではない。わたしがオウリムの言動に耐性がないだけで、恥ずかしくてたまらないだけなのだ。恥ずかしさの理由は、今はまだよく分からないけれど。

 わたしがうまく言語化できずにいると、オウリムが台所へ向かいながら「嘘だよ」と軽やかな声で言った。


「……へ?」


「だから嘘だよ、嘘。着替えは俺の家来第一号がやったんだ。女みたいなやつだから安心してくれ。俺は何も見ちゃいないよ」


「お洗濯も、ですか?」


「洗濯は俺がした。おっと、これじゃあ何も見てないって言葉は嘘になるな。ごめんごめん」


 グラスに水を注ぎ、丸椅子に戻ってきたオウリムが片手で謝る。恥ずかしさで火照りっぱなしのわたしにグラスを差しだした。

 わたしは礼を言い、一口飲んでみる。清涼園の水だ。怪我にも熱にも体力回復にも、武具姫にはこれが一番効く。わたしがごくごく勢いよく飲みだすと、オウリムが笑った。人好きのする笑顔だ。笑いかけられると嬉しい気持ちになる。

 わたしは最後の一滴まで綺麗に水を飲み干す。体に力が戻ってくるのを感じる。わたしのくしゃくしゃな髪で萎れていた花々が、ぽぽんぽぽんと新たな花を咲かせた。

 目を丸くしたオウリムに、わたしは二杯目の水を所望する。二杯目も綺麗に飲み干すと、萎れていた花々が自然と抜け、先程より大きく咲いた白い花に指先が触れた。

 よし。この状態ならば、今すぐにでもお姉様を探しに行ける。

 問題は土地勘が全くないことだ。初日のような騒ぎは避けたいし、なによりドンファン将軍に会いたくない。出会って早々に再度殴られるのは嫌すぎる。

 と、なれば──


「オウリム様」


「うん」


「わたし、オウリム様にお願いがあります」


 わたしは空になったグラスを寝台横の台に起き、寝台の上で正座する。正面からオウリムを見据えると、勢いよく土下座した。

 これは賭けだ。お姉様を見つけるための。


「帝都内で会いたい人が一人います。ですが、わたしには土地勘もありませんし、寝るところも食べるものもありません。その人が何処にいるのかも分かりません。

 オウリム様、お願いです。掃除も炊事も洗濯も、山羊や羊の世話でも、なんでもします。わたしを居候として此処に置くことを許していただいて、かつ人探しを手伝ってくれませんか?」


 裏と出るか表と出るか。沈黙が続き、オウリムが静かな声で「頭を上げな」と言った。

 わたしが頭を上げる前から、耳を赤くしたままわたしの胸元から目を背けていたオウリムが軽く咳払いする。


「分かった。だけどな、俺以外の男に、簡単に土下座なんかするんじゃねぇぞ」


「はい。オウリム様以外の方に土下座はしません。オウリム様が相手ならば、望んでいただけるかぎり何度でもいたしますが」


「今の一回で十分だ」


 耳の端を赤くしたオウリムが頬をかく。

 素直に答えただけなのに。妙な空気が流れ始め、わたしも頬に朱色をさす。

 オウリムがそっと伸ばしてきた両手が、わたしの両手を包む。ごつごつした大人の手。私やお姉様とは違う、異性の手。わたしの頬がさらに赤くなるのを見て、オウリムが柔らかい顔で笑った。


「探し人は女? それとも男?」


「女性です。わたしのお姉様です」


「特徴は? 髪の色や目の色は何色だ?」


「髪は黒みが強い深緑色です。目の色も同じです」


「一人だけ思い当たる人物がいる。他に情報は?」


 わたしは最後の切り札にとっておいた情報を出す。


「お姉様は皇帝陛下にとついだ皇后様です。四年ほど前に見初みそめられて、そのまま帝都に」


 不意にオウリムの両手に力が入る。今まで見たことがない怖い顔をしている。

 わたしがびくんと肩を震わせると、オウリムは気づいたのか手の力を弛め、天井を仰ぎ、苦い笑いを返してきた。


「──今の玉座に皇帝も皇后もいない。二人とも反逆罪に問われて囚われて。それ以降はまるで霧のように消えちまった。俺は皇帝を探していて、ちょうど三年になる」

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