侵入者と底辺騎士⑥

 わたしは絶句する。

 皇后陛下として、華やかな生活を送っているはずのお姉様。清涼園に戻ってこないのは、なかなか手紙が届かないのは、政務が忙しいのだと自分に言い聞かせてきたのに。

 それがまさか、皇帝陛下と一緒に消えてしまっただなんて。お姉様、何処にいらっしゃるの。今すぐにでもお姉様に会いたい。手紙の汚れ具合のように、ドンファン将軍みたいな乱暴な人に、ひどいことをされていたら──

 ぽろぽろと、ぽろぽろと。わたしの頬を涙が滑り落ちていく。思考が真っ暗な闇に落ちていく。


「大丈夫だ。皇帝も、お前の姉も生きているから」


「どうしてそんなことが分かるんですか? 三年間も見つけられずにいるのに、どうしてそう言いきれるんですか!」


 オウリムが包んでいた両手を崩す。片手でわたしの手を握り、空いた片手の指腹でわたしの涙を拭う。「ちょっと待ってな」と言い残し、丸椅子から立ち上がった。

 最低だ、わたし。オウリムだって不安かもしれないのに、ぐちゃぐちゃな気持ちを彼にぶつけた。謝らなきゃ。ごめんなさいって謝らなくちゃ。

 わたしは寝台横の台から手拭いを取り、乱暴に顔を拭く。擦りすぎて真っ赤になってしまった目の前に、戻ってきたオウリムが銀の剣をさやごと置いた。


「皇帝と皇后から下賜かしされた剣さ。皇后に言われたんだ。『武具姫が作成した武器は、本人が死なない限りこの世に生き続けます』って。たまに嫉妬するぐらい、仲睦まじい夫婦だったからな。皇后が生きているなら皇帝も生きている。俺はそう思っている」


 寝台に腰を下ろしたオウリムの隣で、わたしはまじまじと銀の剣を見る。鞘を持ち上げるにはかなりの力が必要で、ふらついたわたしの肩をオウリムが支えてくれた。

 目に飛び込んできたのはつかの部分に取りつけられた、同じく銀で形作られた大樹たいじゅだった。間違いない、これはお姉様の剣だ。


「お姉様の剣です……ありがとうございます、オウリム様。それから、先程はひどい言葉をぶつけて申し訳ありませんでした」


 しゅんとうなだれたわたしの頭を、オウリムがぽんぽんと撫でる。


「気にすんなって。あんな話を聞いた後なら、誰だって不安になるさ。特にお前は、お姉様一筋で単独で乗りこんできたんだから。俺のほうこそ言い方が悪くてごめんな。

 互いにごめんなさいして終わりにしようぜ」


 オウリムが先に頭を下げ、わたしも慌てて頭を下げる。お互いに「ごめんなさい」と言いあい、頭を上げる。私の頭を撫でてくれるオウリムの手は相変らず優しく、人好きのする笑顔は好感触しか感じなかった。


「それにな、探し人探索は一人でやっていたわけじゃないんだ。強力な助っ人が一人いる」


 わたしが疑問符を掲げるより早く、扉がバァンと勢いよく開く。

 長い甘茶色の髪を膝裏で二本縛りにし、分厚い眼鏡をかけ、上下共にぶかぶかの宮廷服を着た小柄な少年が、オウリムを冷ややかな目でねめつけていた。


「仕事に取りかかるのが遅いんですよ、オウリム様。まったくまったく。真昼間から女とむつみあうやつは全員処刑すればいいんだ、こんちくしょうめ」

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