三者三様の探し人

三者三様の探し人①

「ケイケイと申します。以後お見知りおきを」


「俺の家来第一号だ。ほれほれみーろ兎だぞ」


 わたしがそそくさと着替えを済ませているうちに、オウリムが少年──ケイケイの髪をびろーんと持ち上げて遊んでいた。心底嫌そうな溜息と「滅びろ」の言葉以外は、本物の兎に似ていてとても可愛い。


「オウリム様。彼女はなんと呼べば良いのですか」


「ん? 俺は『俺のお姫様』とか呼んでたけど」


 不意に投下されたときめきに、わたしはぷるぷる震える口元を両手で押さえる。

 世の中には色々な呼称があると聞いてはいましたが、その呼び方は人生で初めて言われました。お姫様抱っこしていただいた後だからか、直接言われるとやはり恥ずかしいです。

 わたしは、ぽーっと首元まで真っ赤に染まってしまう。オウリムにされるがまま頭を撫でられ続け、ようやく落ち着いた頃合で挨拶をした。


「失礼いたしました。わたしは武具姫・刀剣第三〇六号です」


「三〇六さん。その呼び名は帝都では使えません」


「え?」


「そうなんだよなぁ」


 長椅子に腰を下ろしたオウリムが、わたしに向かって手招きする。わたしは遠慮がちにベッドを降り、長椅子の空いた場所に座る。

 番号で名乗っていけないのは何故だろう?

 ぐるぐると、オウリムとケイケイの顔を見比べる。


「武具姫はとても貴重な存在です。数も限られていらっしゃるため、将軍以上しか扱うことを許されていません。番号呼びは自ら正体を明かしているようなものなのです。そのため、武具姫と分からないような名前を名乗ってください」


「お前の姉が輿入こしいれしてきた時も政務中も、仮の名前で通してたぞ。なんでも武具姫は、大事な人にしか真名を明かさないとかで」


「そうですね、真名はとても大切なものです。簡単には明かせません。武具姫と分からないような名前……うーん……」


 わたしは唇に指を当てて考えてみる。清涼園で番号を与えられてからずっと、自分の名乗り方は変わっていない。一〇五と会った時もそうだが、基本的に武具名と番号を名乗れば武具姫同士は話が通じるからだ。

 三人揃って唸りそうになった最中さなか、いつのまにかわたしの隣に座り、髪の花々をいじっていたオウリムが声を上げた。


はなは? 分かりやすいし覚えやすいし、一石二鳥」


「花さんですか。悪目立ちしなくて良い名前ですね」


 わたしは冷や汗をだらだら流しながら、二人の視線を一身に浴びて縮こまっていた。

 大変申し訳ありません、オウリム様。見た目から考えてくださったのでしょうが、わたしの真名の半分は『花』なのです。


「あの、はなではいかがでしょうか?」


 わたしは華と空中に書く。近づいてきたオウリムがわたしの手と自分の手を重ね、華と空中に書く。「華」と直接耳に吹き込まれた声で、わたしの耳は熱くて蕩けてしまいそうだ。

 ケイケイは無視を決め込み、碁盤が乗っている丸机の丸椅子を長椅子前に起き、さっさと座った。


「無事に名前が決まりましたね。おめでとうございます」


「あ、ありがとうございます」


 乾いた拍手を打ったケイケイがすぐさま膝上に両手を置き、ひたとオウリムを見据える。


「華さんが侵入者として王宮内に忍び込んだ件ですが、予想通り華さんは不起訴処分に終わりました。同様にドンファン将軍も不起訴処分です」


「……二人揃って不起訴にして、これで話はおしまいってことか。あのばばめ」


「そうです。オウリム様が匿っている以上、ドンファン将軍は華さんに手は出せません。今回不起訴になったことで、華さんはある程度自由に動けるようになりました。華さんもドンファン将軍に言いたいことはあるでしょうが、ぐっと堪えてください」


 わたしは頷く。

 オウリムが助けてくれなかったら、わたしはあのままドンファン将軍の玩具にされていただろうし、ずっと引きこもっているわけにはいけないと思っていたところだ。ある程度とはいえ、自由に動けるのはありがたい。

 オウリムだけが若干不服そうな顔をして、わたしの髪をくしゃくしゃにしている。


「オウリム様?」


「いいか、華。外で誰かに変なことをされたり言われたりしたら、必ず俺に言うんだぞ。華は可愛いからな、変な奴に絡まれそうな気がするんだ」


 可愛い。その言葉も初めて言われた。

 わたしはもう全身余すことなく熱で火照っていて、湯上りよりも真っ赤になっている。こんな風に心がどきどきするのも、感情が揺れるのも、全部オウリムのせいです。


「それで、肝心の人探しの件ですが。華さんは一体どなたを探していらっしゃるんですか?」


「わたしの姉である皇后様です」


 ガタッガタタタガタン。

 ケイケイが勢いよく立ち上がり、丸椅子が音を立てて転がっていく。「あわ」と声を上げ、「あわわわわわ」と言いながら、あたふたとその場を回り始めた。

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