三者三様の探し人②

 わたしは呆気にとられ、目を見張る。オウリムは笑いながらケイケイを見ている。

 しばらくあたふたと回っていたケイケイがぴたりと止まると、わたしのブーツの爪先で、額の音がするほど深い深い土下座をした。


「申し訳ありませんでした! まさか皇后様の妹君でいらっしゃるとは露知らず、礼儀をわきまえない無礼な振る舞いの数々、大変申し訳ございません!」


「えーと……その……頭を上げていただいて……」


「お許しのお言葉をいただくまでは無理です!」


 わたしは困りきってしまい、オウリムを見つめる。オウリムが手で兎の仕草をしたが、わたしは首を横に振る。

 オウリムに土下座したときのわたしも、今のケイケイと同じだ。ケイケイの中でどうしても自分では解決できないことがあって、他者に許しを乞うしかないのだ。何がそんなに許せないのか分からない今、素直に尋ねてみるしかない。


「ケイケイさん。礼儀をわきまえない無礼な振る舞いとはなんでしょうか?」


「華さんと呼んだことであります! 華さまとお呼びすべきでした!」


「許します。これからも華さん呼びでよろしくお願いします」


 勢いよく立ち上がったケイケイが直立不動の体勢をとる。くつくつと笑っていたオウリムの頬を、わたしは指先でつつく。仕返しと言わんばかりに、わたしはオウリムにむにゅと両頬をつままれ、ケイケイが丸椅子に座るまで弄ばれた。


「オウリム様。はかりましたね」


「まぁな。別々に探して三年間も音沙汰無しときたら、そりゃあ俺だって考えるわ。皇帝と皇后は今も一緒にいるはずだしな」


「僕の探し人は霧の中ですけれどもね」


「繋がりがあると思ったからお前を呼んだんだ。三人寄れば文殊の知恵っていうだろ?」


 わたしはようやく離された頬を擦りながら、二人の話を聞いていた。

 たしかにわたしとお姉様の絆ならば、近くにいれば何かしら反応する。心象風景の片隅でも覗ければ情報は得られるはず。その中で、一緒にいる皇帝陛下の居場所も知りたいとオウリムは考えているのだろう。もちろん逆も然り。


「ケイケイさん。探し人はどんな方なんですか?」


「僕の探し人は、おそらく鍵の武具姫なんです」


「鍵?」


 わたしは記憶を総動員し、鍵の武具姫を探す。清涼園でおぎゃあと生まれた時から今日こんにちに至るまで、鍵の武具姫に出会った記憶はない。

 次に考えるのは鍵のことだ。一般的なものなら南京錠、押し込みボタン式の鍵、ドアノブについている左右に捻る形のもの、元々ある鍵穴に鍵を差し込むもの。形だけでなく意味も途方もない。

 眉を寄せながら考えていたわたしの髪を撫でつつ、オウリムがケイケイに話しかけた。


「ケイケイ。起きたことをそのまま話してやってくれ。俺の可愛い華が考えすぎて、可愛い顔が台無しだ」


 可愛い二回目いただきました。わたしは照れくさくて恥ずかしくて、オウリムをぽかぽかと軽く叩く。

 頷いたケイケイの正面で、見上げたオウリムと視線があう。オウリムは微笑んだまま、わたしの拳を片手で止めては撫でていた。


「僕は皇帝陛下に仕える文官です。ある日、彼女が掃除中にドンファン将軍の部下がいたずらを仕掛けたんです。廊下にいくつも水桶を転がすという単純なものでしたが、僕は見ていて腹が煮えくりました。それで彼女に声をかけて一緒に掃除したんです。会話もない短い時間でしたけれども、僕はとても幸せでした」


 ケイケイの頬がぽわっと赤くなる。見ているこちらが幸せな気分になりそうだ。


「皇帝陛下が反逆罪に問われた時、僕も含めて文官武官問わず王宮の地下牢に閉じこめられました。明かりもない真っ暗な場所ですから、とにかく怖くて怖くて。その中で先に皇帝陛下と皇后様が地下牢から出され、鍵をかけられた音がしました。『私についてきなさい』という女性の声と複数の足音が遠ざかる中で、僕は叫んだんです。『掃除のことを覚えていますか?』と。

 そうしたら、あの日の彼女が僕が閉じこめられている地下牢に来てくれたんです。かなり驚いた表情をしていましたが、鍵を外してくれました。その後は外まで案内してくれ、彼女は闇の中へ消えていきました。それで僕はオウリム様に助けを求めたんです」


 ケイケイの長い話を聞き、わたしは再度情報を整理する。皇帝陛下と皇后様は誰かについていくよう言われ、そうして消えてしまった。一方ケイケイはなんのお咎めもなく、無事に地下牢を抜け出した。

 わたしは再度眉を寄せる前に、ふっと思いついたことを口にした。


「鍵の武具姫が二人いる可能性はありませんか? 一人が鍵をかける、もう一人が鍵を外す。双子では、一つの能力が双方に分散すると聞いたことがあります」

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