三者三様の探し人③

「二人か……」


「二人、二人、うーん……」


 オウリムとケイケイの歯切れが悪い返答に、わたしはいったん鍵の武具姫双子説を中断する。ケイケイが皇帝陛下と皇后様を連れていった人物を見ていたのなら話は進むが、見ていないのでは仕方がない。

 わたしは首から下げた布袋から、金の花がついた小さな刀剣を二本取り出す。何が始まるのかと意識をこちらに向けてくれた二人へ向かい、一本ずつ刀剣を手渡した。


「華、これは?」


「わたしが作った簡易用の刀剣です。三人でそれぞればらばらに探すこともあるはずです。そんなとき、どこにいるか把握できれば良いかなと。そのための経路を今から作ります。お二人とも刀剣を片手でぐっと握っていてください。そのままでは何も切れませんのでご安心ください」


 わたしがワンピースの首元から続く紐をしゅるしゅると外していくと、胸元が露わになる。耳を赤く染めたオウリムの右手を取り、中丹田に当てた。


「目を閉じて、深く息を吸ってください。そうそう、お上手です。今から扉を開きます。扉が開いたら、恐れずに右手を前に進めてください。そこで何が見えるか、わたしに教えてください」


「分かった」


 わたしは目を閉じ、中丹田に意識を集中させる。閉ざしていた扉を解放すると、周囲に光が満ちあふれる。光の渦の中へ、オウリムが右手をとぷんと沈めたのが分かった。


「……春風の匂いがする。気温も日差しも心地よくて、見えるのは一本の木と川と花畑。小さなお前が花畑で何かを作っている。顔はまだ見えないな……」


 とぷ、とぷん。花の剣がわたしの中に入ってくる。痛くはない。先程より開いた光の扉が、ぶわと春風を放ち、わたしの水色の髪をするすると天へ伸ばしていく。


「花冠を作り終えたお前が川で遊んでいる。木陰で眠り、再度花畑へ。もう一つの花冠を作るらしい。俺は花畑に入り、お前がすることを背中から見ている。俺の影がすうっとお前に被って、お前の肩がぴくんと震えた」


 ぽう、ぽう、ぽう。伸びる髪に色とりどりの花が咲く。良い感じだ。わたしは温かさで満ち足りている心のまま、次の扉を開く準備をする。

 次の扉もまた、オウリムは何の違和感もなく入ってきた。


「俺とお前が花畑で座っている。花冠が完成した。お前は笑って俺に花冠を差しだして……なんだ? 何か書いてあるが読めない。花……花……」


 オウリムが真名に触れようとしている。わたしは読んで欲しい気持ちと、ここまですんなり進んできてくれた彼を感じて嬉しくなる。

 けれども、真名はまだ明かせない。もっともっと、オウリムに深く深く求められるまで。


「オウリム様。おしまいです。手を抜いてください」


 オウリムが光の中から手を抜くと、わたしの伸びていた髪が肩まで落ちてくる。わたしは髪から抜き取った一輪の花に光を集約させ、とんとんとオウリムの右拳を叩いた。光が拳に移り変わった途端、白い花と刀剣は散って消えてしまう。

 オウリムの右手の甲で、金の花の印字が、きらりと煌めいた。


 わたしはケイケイにも同じことをしてもらおうと思っていたのだが、湯気がでそうなほど真っ赤になったケイケイに断固拒否された。

 彼曰く「じょじょじょ女性のむむむ」らしい。

 仕方なく、ケイケイにはオウリムの花が印字された右手を握ってもらい、既に経路が確立しているオウリムを通して、わたしが地道に力を送ることになった。時間がかかり、力もいつも以上に使わなければならない方法だ。

 だが内心、わたしはほっとしていた。初めて素肌に触れた異性であるオウリムの熱を、まだまだ感じていたかったからだ。とくとく、とくん。とくん、とくん。胸の中で鳴る音が全部、オウリムの色に染っていく。恥ずかしいとは違う気持ちが、今なら喉元を突き破りそうだ。


「これはすごいですね!」


 しげしげと右手の甲の印字を見ていたケイケイが、地図を探しだして広げる。花のマークが三つ、此処──あずまの離宮に集合していた。ケイケイが動くと花のマークが一つ動く。


「無線のような扱いはできませんが、三人の誰かに何かあれば印字がうずく仕様です。また武具姫が近づいても印字はうずきます。地図上ではそのような動きになるため、居場所を知る程度には使えるかと思います」


 清涼園の水を三杯飲み干してもぐったりしているわたしの頭を、長椅子の背もたれ越しにオウリムが撫でる。わたしが見上げると、耳を赤く染めたオウリムが腰を屈め、わたしの額に唇を軽く押しつけた。


「いい眺め」


「……っ!」


 わたしは慌てて体を起こし、ワンピースの紐を結ぼうとする。指が震えてうまくできない。

 もう、もう、わたしのばか。オウリムの熱に酔いしれていたら、こんな失態を見せてしまった。中丹田を開くことにはためらいがないのに、素肌を見られることには恥ずかしさが勝ってしまう。あと一歩前に進めたら、きっとオウリムに素肌を晒すことに抵抗はなくなるはずなのに。

 オウリムのごつごつした指が紐を結んでいく。半分までで止めると、ちゃりっと音を立てて私の首に金属が当たる感触がした。


「オウリム様。これは?」


「東の離宮の鍵。俺のものと華のものの二本しかない貴重なものだから、なくさないように」


 赤い宝石が埋めこまれた金の鍵。わたしは髪を手で横に避け、首筋がよく見えるようにする。オウリムがネックレスのめ金具を留め終えると、鍵は自然と胸元で落ち着いた。ワンピースの首元まで紐を縛ってしまえば、外からは鍵をつけていることは全く分からない。


「ケイケイ。今日はこれで解散にしよう。華を一緒に食堂へ連れて行ってくれ。俺は別件を済ませてくる」


「かしこまりました」


「オウリム様、その……戻ってこられますよね?」


 急に渡された鍵。こんな夜遅くに別件を済ませてくるだなんて、不安を煽られるものばかり。

 わたしの内心を知ってか知らずか、オウリムはわたしの頭を撫でて「すぐに帰ってくるさ」と言い切った。

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