三者三様の探し人④
***
めんどうくせぇ。
俺は東の離宮を後にし、北の離宮を通り過ぎ、王宮を見上げる。暗く沈む建物に入ると気分も沈む。会う相手が嫌な相手なら尚更だ。
知った廊下を進み、階段を
女官が部屋の扉に触れると、ヴンッと音を立て魔法陣が浮かぶ。ガチャリと音を立てて鍵が開き、女官が
「嘆かわしい。我が息子は約束を守ることを知らないようだ」
「来る気がなかったからな」
俺は政務室の机で怪しげな魔術書に埋もれている
手の甲の印字はうずかない。二人の女官は武具姫ではないってことだ。
「用件は」
「相変わらず冷たいやつめ。侵入者を不起訴処分にしてやった礼ぐらい言えんのか」
「ドンファンを起訴処分にしてくれていたら、礼の一つや二つは言ったさ。それで用件は」
女官が運んできた茶を片手で制し、俺は腕組みする。美味そうな音を立てて茶をすする母親が、しわくちゃだらけの目を細めて俺を見た。
「オウリム。もう三年だ。セリムは死んだ。わしも玉座には飽きた。早くお前が玉座につけ」
「兄貴が死んだという証拠は?
「わしが言うなら間違いない。だからオウリム、お前も早くつがいを見つけろ。儀式の時間は迫っておる」
いっひひひひひひ。
怪しげな道具の数々を落とす勢いで立ち上がった母親が、くしゃくしゃな笑顔で更に目を細めた。
「帰る」
俺は自分に酔う母親に背を向け、入ってきた時と同じ手順で部屋を出た。入口の娘が鍵を開ける、室内の娘が鍵を閉める。華が言っていた鍵の武具姫双子説は、意外とありかもしれない。
重い足取りを見せないよう、俺は背筋を伸ばして歩く。考えるのは可愛い俺のお姫様、華のことだ。
***
「うずけ! 僕の右手! ……なんて考えてもいましたが、思ったより痛くないですね」
案内してもらった食堂で、わたしはケイケイと向きあい、桃まんじゅうや山羊のチーズに蜂蜜をかけたものをつまんでいた。清涼園の水があれば基本的に食事は必要ないのだが、幼い頃から食の楽しみを教えられたわたしはたまに食べたくなる。ケイケイの隣には、空になった汁そばが五杯重なって置いてあった。
「あまりに痛すぎたら困りものですから。ただケイケイさんがお探しの武具姫に近づけたら、今よりもう少しは痛くなるはずです。早く見つかるといいですね」
「はい。きっと見つけてみせます」
頬をぽわんと赤く染めたケイケイが、右手の甲の印字を何度も何度も指で
わたしは食べ終えた挨拶をし、箸を置く。そうして尋ねたかったことを口にした。
「ケイケイさん。ちょっとお尋ねしたいことが」
「なんでしょうか、華さん」
わたしが声を潜めたことで、ケイケイも声を潜めてくれた。調理の音や話し声で騒がしい食堂とはいえ、誰が聞いているか分からない場所では、あまり大きな声では話しにくい。
「ケイケイさんが地下牢に閉じこめられていた時のことです。どうして一緒に掃除したことを叫んだんですか? その武具姫がいる確証でもあったんですか?」
「金木犀の匂いです」
「金木犀?」
「僕はひどい遠視なんです。そのかわり、昔から鼻は良くて。一緒に掃除をした武具姫から金木犀の匂いがしていたので、賭けだと思いながら掃除の話をしました。結果的にうまくいってよかったです」
金木犀の匂いがする武具姫。これは探す手がかりになりそうだ。
「皇帝陛下と皇后様だけが先に地下牢を出たんですよね? 他の方はずっと地下牢に閉じこめられたままなんですか? その時オウリム様はどちらに?」
「先に地下牢を出たのは皇帝陛下と皇后様だけです。オウリム様は反逆罪に加担した罪で、東の離宮で謹慎中でした。
翌朝には
しみじみとした声でケイケイが語り、レモンを浮かべた水を
「お話してくださってありがとうございます。オウリム様は皇帝陛下とほんとうに仲がよろしかったんですね。消えた方を三年も探すなんて、並大抵のことではできません。わたしも頑張って皇后様、いえ、お姉様を探します。絶対諦めたりしません」
「兄弟や姉妹の絆って、やっぱりいいですね。僕はひとりっ子だから、今がとっても楽しいです。オウリム様と僕と華さんで一緒に頑張りましょう!」
姉妹は自分と姉のことだと分かるが、兄弟は誰と誰を指しているのか分からない。笑顔で「おー!」と拳を突き上げたケイケイの手首を、わたしは身を乗りだして、がしっと掴んだ。
「兄弟って、誰と誰のことですか」
***
わたしは東の離宮まで送ってくれるというケイケイの申し出を断り、一人ふらふらと夜の海をたゆたう。
星がない夜で良かった。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を、誰にも見られずにすむから。本当はうわーんと声を上げて泣きたいのだけれども、両手をぐっと握って我慢する。
オウリムが皇帝陛下の弟君だなんて、
そんなの全部わがままだって分かっている。それでもやっぱり、先に「大好きです」って言いたかった。今それを伝えたら、まるで権力者に媚びを売るやつみたい。もしもそれでオウリムに軽蔑する眼差しを向けられたら、わたしは本気で立ち直れない。
ああ、わたし。最初の時よりもっとオウリムのことが大好きになってる。好きで好きで大好きになってる。
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