三者三様の探し人⑤
わたしはぐすんと鼻を鳴らし、周りを見回す。明るい食堂もなく、明かりがついている廊下も見当たらない。あれやこれやと考えている間に、東の離宮への行き方をすっかり忘れた。つまりあれだ、迷子だ。
仕方なく、すぐそばにあった山羊の放牧地の柵をひょいと飛び越える。こんな顔では、そもそもオウリム様の元へは帰れない。今晩は積まれている干し草をベッド代わりにして眠ろう。
わたしは干し草をならし、ごろんと横になる。フード付きの上着を抱きしめるようにして丸くなった。お腹が満たされていたこともあり、ぐるぐると考えながらも、次第に意識は眠りに落ちていった。
***
東の離宮へ戻ると、誰もいなかった。ケイケイと気があって、話が盛り上がっているのかもしれない。
俺は入浴準備を整え、男湯へ向かう。相変わらずの
食事時だからか、湯殿の人数は少ない。手早く体と髪を洗い、髭を剃る。髪が湯につかないよう髪紐で結び、湯に浸かって一息ついた。
髪を伸ばしているのは、半分願掛けだ。兄貴と義姉が無事に見つかりますように。元気でいますように。適度に鋏をいれているとはいえ、探し始めて三年経った今、髪の長さは腰付近まで伸びた。
女官ですら団子頭を作る風潮だからか、男性の長髪は目立つ。ドンファンに「男の意地を捨てたのか」と言われた時は、二人が見つかるなら意地でも何でも捨ててやるさと思ったものだ。
入浴を終え、着替えを済ませ、再度東の離宮へ戻る。華の姿はない。残しておいた置き手紙を読んだ形跡もなく、握り潰して屑籠に放り込む。
ふと思い出し、右手に刷られた金の花の印字を見る。地図を探すと、ケイケイは自室、そして華は何故か山羊の放牧地に花のマークがついている。酔っ払って道に迷ったのだろうか。それにしては頑なに動く気配がない。
先月、兵士が夜中に女官を強姦しようとした物騒な事件もある。俺は最低な想像を振り払い、灯篭と上着を引っ掴んで東の離宮を飛び出した。
華。俺が一目惚れした少女。彼女に何かしようとする輩がいたら、俺は絶対に許さない。
***
右手の甲の印字がうずきだし、わたしはうつらうつらの半覚醒状態に戻る。小さな欠伸を噛み殺し、ぶるりと寒さに震える。
誰か来る。オウリム様かケイケイか、それとも他の武具姫か。わたしは指折り数えてみる。オウリム様、ケイケイ、武具姫、オウリム様、ケイケイ、武具姫、オウリム様──
「華!」
漆黒の夜を駆け抜け、放牧地の柵を乗り越えたオウリムが現れる。何度か肩を揺すぶられ、わたしが「オウリム様」と名を呼ぶと、大きな安堵の溜め息が聞こえた。わたしが丸まっているのを見て、真っ黒の上着をかけてくれた。あたたかい。
滴る汗をぬぐったオウリムが、同じように干し草をならし、二人の間に灯篭を置いた。
「どうした? 変なものでも食べて腹が痛いのか?」
干し草に腰をおろしたオウリムが、フード越しのわたしを見る。わたしは首を横に振り、干し草がかさかさと音を立てる。
「違うのか。なら良かった。それじゃあ、帰り道が分からなくなった。どうだ、当たってるか?」
わたしは、こくんと首を縦に振る。干し草がかさかさ揺れて、顎がくすぐったい。
オウリムが笑いながら、わたしのフード越しの頭を撫でる。
「分からなくなったら仕方ねぇなあ。そうそう華、この印字はとても役に立ったぞ。作ってくれてありがとうな、華」
互いの手の甲で輝く、金色の花の印字。わたしとオウリムの繋がり。オウリムがそばにいるからか、うずいてうずいて止まらない。
オウリムが再度安堵の息を吐き、わたしのフード越しの頭を何度も何度も撫でる。
「帰ろう、華。俺達の部屋へ」
じわりと、わたしの目に涙がにじむ。
俺達の部屋。わたしも一緒に帰っていいの? こんなぐちゃぐちゃな顔と心で、オウリムの前で笑っていられる自信なんかないのに。
探してくださってありがとうございました、とても嬉しかったです。その後は? とっくに心の中で決めた気持ちが、全部飴玉みたいになって口からころころ零れ落ちそう。零れ落ちたが最後、全てを言い終えるまでわたしは止まれない。
「帰ろう、華」
オウリムが優しく言い直してくれる。
わたしの視界は温かい涙でぼやけていて、丸まっている姿は意地を張っている子供みたい。頬を伝った涙が干し草を濡らす。
わたしは自ら上体を起こし、オウリムの隣で俯いて座る。
「オウリム様」
「なんだ?」
「探しに来てくださって嬉しかったです。とってもとっても嬉しかったです」
「うん」
わたしはオウリムの匂いがするあたたかい上着を羽織り、ぐすんと鼻を鳴らす。
「オウリム様」
「うん」
「……わたし、ケイケイさんに聞いてしまいました。皇帝陛下とオウリム様が兄弟であることを」
「うん」
「聞いてしまって申し訳ありませんでした!」
「ん? なんでそこで華が謝るんだ?」
「へ?」
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