三者三様の探し人⑥

 わたしはぽかんとした表情のまま、オウリムを見る。目があったオウリムが「ひっどい顔してんなぁ」と苦笑しつつ、わたしに手拭いを手渡してくれた。

 お礼を言って手拭いを借り、わたしは顔を拭う。ぐちゃぐちゃのべちゃべちゃ。ほんとうにひどい顔。


「え、だって、今まで一度もそんな話をされたことはなかったじゃないですか。だからわたしはてっきり、オウリム様は知られたくないことだと思って……」


「一箇所訂正な。知られたくないというより、此処では知られすぎている関係だから、話さなくても良いと思ってた。だから言わなかった。なるほど、それで俺の可愛いお姫様はぐるぐる考えちまったわけか」


 なるほどなぁ、と呟いたオウリムが息を吐く。わたしを真正面から見据えると、深々と頭を下げた。


「俺が悪かった。華が外から来た人間だってことを失念していた。もっと早く俺が兄貴との関係を説明していたら、自分のことをきちんと話していたら、華が泣くことはなかった。ごめん」


 オウリムのさらさらした黒髪が真下に垂れる。

 触れてみたい。素直にそう思った。

 わたしは伸ばした右手の指先で黒髪に触れ、さらさらと滑らせる。驚いて顔を上げたオウリムの顎に指先で触れ、頬に触れ、耳に触れた瞬間。オウリムが頬から耳を真っ赤に染め、びくんと体を震わせた。


「ご、ごめんなさい。痛かったですか?」


「……いや、その、痛くはない」


 オウリムが「耳は弱いんだ」と、ごにょごにょ呟く。疑問符を上げたわたしの上着のフードをオウリムが脱がせ、わたしの水色の髪に指先で触れる。白い花に触れる。顎先を指でくいと持ち上げられ、オウリムと視線が絡み合う。頬を指腹で擦られ、耳を指先でくすぐられる。わたしの甘く疼きだした体に熱がこもる。オウリムの指先が熱い息を吐くわたしの唇をなぞり、近づいてきた顔が首筋に埋まる。ちゅ、と音を立てて落とされたくちづけに、わたしは全身を甘い色で染めた。

 きっといま、わたしとオウリムは同じ表情かおをしている。


「オウリム様」


「うん」


「怖い人から助けてくださって嬉しかったです。初めてのお姫様抱っこは恥ずかしかったですが、嬉しかったです。わたしが目覚めるまで介抱してくださって嬉しかったです」


「うん」


 わたしは、はぁっと熱い息を吐く。「大好き」の言葉が喉元を突き破りたがっている。早く早くと急いている。

 そうっとオウリムの両手を包む。わたしの手より大きくて優しい手を全部は包めなかったけれども、互いの熱は繋がった。


「オウリム様」


「うん」


「わたし、オウリム様が大好きです。名前を呼んでくださる声も、わたしを見てくださる目も、頭や髪を撫でてくださる手も全部大好きです。オウリム様が偉い方だからじゃありません。わたしに笑いかけてくださるオウリム様が、わたしは好きで好きで大好きです。オウリム様が望むなら、わたしはあなたの武具姫になりたいです」


 言った。言っちゃった。もう元には戻せないものを全部吐き出しちゃった。けれども全部言えたことで、逆にとてもすっきりした。ぐだぐだ考えるのをやめたら、オウリムの顔がはっきり見えた。

 うん、これでいい。この後でオウリムになんて言われようとも、わたしはこれで良かったんだ。

 長い沈黙が続き、わたしは言葉を待つ。

 包んでいた両手の内側からオウリムの片手が抜けだし、私の手と重なった。


「華」


「はい」


「先に言うのはずるいと思う」


「はい」


「俺が先に言いたかった」


「はい」


「一目惚れしたのは俺が先だから。それだけは譲らないぞ」


「はい」


「華。俺の可愛いお姫様。今ここで誓う。華、俺の武具姫になってくれ」


「──はい」


 柔らかな唇を重ねたわたし達を、灯篭の揺らめく火だけが照らしていた。

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