侵入者と底辺騎士④


 ***


 熱にうかされながら、短い夢をいくつも見た。幼いわたしとお姉様がいらっしゃる、心象風景の夢。

 大樹の影で涼しんでいるお姉様。花畑で遊んでいるわたし。お姉様の土地とわたしの土地は繋がっていて、望めばいつでもそばに行くことができた。

 ある日、お姉様がわたしの土地に一本の木を植林した。「あとは川があるといいわね」とお姉様が言い、わたしはうーんうーんと唸りながら、必死に小川こがわを生みだした。小川で遊ぶことが楽しくて、木が大きくなるのを見て育てることが楽しくて、花畑で遊ぶことが楽しかった。お姉様と一緒にすることの全部が好きだった。

 だから、武具姫になったとき。お姉様は褒めてくれると同時に、いつもより怖い顔をして言った。


「三〇六。真名しんめいは他人に簡単に教えては駄目よ」


「どうして?」


「武具姫は真名を知られると、相手に支配されてしまうの。もしも嫌なことや痛いことをする人に知られてしまったら、どんなことになると思う?」


「嫌なことや痛いことをされちゃう! やだやだ、そんな人達に教えるのはやだ!」


「そう。だから真名は、あなたが大好きな人にだけ教えなさい。それまでは胸の中にちゃんとしまっておくのよ」


 ***


 〇〇──とお姉様の声が遠ざかり、わたしの意識は現実へ戻ってくる。

 見知らぬ天井との対面も十数秒、濡れた手拭いを絞っていたオウリムと目があう。


「気づいたか。三日三晩寝てたんだぜ。気分はどうだ?」


 手の水気を拭ったオウリムが、わたしの額に乗っている手拭いを取る。手拭いを寝台横の台に置いた水桶に放り込むと、座っていた丸椅子から腰を浮かせ、わたしが上体を起こすのを手伝ってくれた。

 こつん、とお互いの額が当たる。


「熱は下がったみたいだな。良かった良かった」


 だから近すぎま……ぐうううう。

 空腹を告げる音が反論を上書きする。

 わたしが頬を紅潮させ、口をぱくぱくさせているのを見たオウリムがくすりと笑った。


「それだけ元気なら大丈夫だな」


「大丈夫ですありがとうございます」


 わたしは恥ずかしさから逃げ出したくて、一息で言い切る。ぐうう、ぐうう。追い打ちをかけるお腹の音は無視することに決めた。

 ぐるりと部屋を見回す。大の大人が三人は寝れるであろう天蓋てんがいつきの寝台、毛布の乗った長椅子、これまた大きな衣装棚。端から端まで詰められた本棚が壁際にあり、その前に碁盤が乗った丸机と丸椅子がある。反対側の床にはタイルが敷かれ、簡易な作りの台所が見えた。半分ほど開いたカーテンの後ろには陶器の浴槽がある。洗濯紐にかけられているのは自分が着ていたフード付きの上着とワンピース、胸元から下げていた布袋、そしてつつましく干されている下着。

 わたしははっと気づく。いつのまにか、胸元と腰を紐で止める寝巻きに着替えさせられていることに。


「あ、あの、オウリム様」


「ん?」


 水桶を持って立ち上がったオウリムが首を傾げる。わたしはなるべく彼の顔を見ないようにしながら、寝巻きを引っ張った。


「その、着替えは、その、あの、どなたが」


「 俺だって言ったら、どうする?」


 わたしは指先から頭の隅まで血液が沸騰し、真っ赤に染まる。会ったばかりの異性にお姫様抱っこをされて、さらに裸体まで晒したことをお姉様に教えたら、お姉様はなんて仰るかしら。

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