鍵の武具姫⑤

 資料本と地図を隣に置いたオウリムが、ゆっくりとわたしを見た。


「華は、俺が皇帝陛下になったほうが良いと思う? 皇帝陛下になった俺と、今のままの俺。どちらが良い?」


 そんなの、とっくに答えは決まっている。


「今のままのオウリム様をわたしは好きになったんです。権力うんぬんで好きになったんじゃありません。オウリム様がなりたくないなら、皇帝陛下になんかならなくて良いと思います」


 皇太后様に聞かれていたら、即座に首が飛ぶ答えだ。けれども、わたしの気持ちは揺るがない。わたしはオウリムが好きで好きで大好きだから、オウリムがどんな立場になってもおそばにいたいのだ。オウリム自身が玉座につく気がないと言い切ったのなら、今のままのオウリムが一番いい。

 オウリムがくしゃりと笑い、わたしの唇を指でなぞる。わたしが指をぱくりと食べてしまうと、くくっと小さな笑い声が聞こえた。


「ありがとうな、華」


 わたしの口内から指が抜かれ、わたしがそっと瞼を閉じると同時に優しい口づけが落とされる。一回、二回、三回。最後の四回目だけはオウリムにぐいっと抱き寄せられ、唇を割った舌で口内を愛撫された。離れる時につうっと互いの唾液が伝い、わたしは恥ずかしさで頬を赤く染める。

 どくん。胸の奥が熱い。どくん。中丹田が熱い。どくん。今なら──真名を読み取ってもらえるかもしれない。それぐらい、わたしの体は熱を溜めこんでいて、全てを外に放出したがっている。


「オウリム様、あの……」


「どうした?」


「体中が熱くてたまらないのです。中丹田も熱くて熱くて、今なら真名を読み取っていただけるかもしれません」


 はあっと吐いた息が熱い。オウリムが黙ってわたしを長椅子から立たせ、「おいで」と手を引いてベッドへ先導する。はっはっはっ。短く吐く息も熱くて、わたしは震える足でオウリムに着いていく。

 ブーツの結び目をほどく指が震え、オウリムがかわりにほどいてくれた。

 二人揃ってブーツを脱ぐと、ベッドに上がる。オウリムのごつごつした指が、わたしのワンピースの胸元にある紐を外してくれる。しゅるしゅると擦れる音だけで、わたしは耳を犯されている感覚に陥る。

 胸元があらわになり、中丹田もあらわになる。普段よりも光を放っている中丹田を見て、オウリムが息を飲む。


「扉を開きます。オウリム様は既に最下層までご自身で辿り着けますので、最下層で起こった出来事だけをわたしに話してください」


「分かった」


 わたしは中丹田の扉を開く。光が溢れる中へ、オウリムが金の花が印字された右手をとぷんと沈める。とぷん、とぷん、とぷん。扉をどんどん開いていっても、オウリムの右手はするすると中へ入ってくる。気づけば右肘までが光の中にあった。


「小さなお前が俺に気づいた。既に用意してあった花冠を俺に被せてくれ、花冠がお揃いになったことで満面の笑みを浮かべている。花畑に向かって手を引かれ、俺はお前が指さすものをみる。幾重にも浮かぶ花の舞う中で、一本の刀剣が刺さっている。金色の刀剣だ。小さなお前が刀剣を抜き、俺に向かって差し出してくる。鞘に小花柄、つかに花飾り。俺が受け取ると、小さなお前は楽しそうに歌い始めた。花が揺れ、踊り、歌う。

 ──ああ、ようやく分かった。お前の真名はだ」


「当たりです。オウリム様、そのまま金色の刀剣の柄をしっかり握っていてください。今から具現化させます」


 わたしはオウリムが刀剣の柄を握ったのを確認し、中丹田の光を一点に集中させていく。鞘の形、小花柄、柄の部分の花飾り。刀剣の大きさから細部にいたるまで、きっちり思い描く。


「オウリム様。今から剣をゆっくり引き抜いてください。痛みがでたら、一度そこで止めます。時間はかかるかもしれませんが、真名も分かりましたし、最後まできちんと抜けると思います」


「分かった。華、無理だけはしないでくれ」


「はい。それではいきます」


 わたしは集約された光を中丹田から押し出していく。オウリムがするすると引き抜いていく。

 剣の切っ先が抜ける際、痛みがでたので一度休ませてもらう。無理はしない。中丹田が傷んでしまっては、わたしは今後オウリムの手助けが何一つできなくなってしまう。

 剣が抜け終われば、今度は鞘を押し出す。何度も休ませてもらいながら、どうにか全てオウリムの元に揃った。


「真名、花音。この刀剣を主様に捧げ、命尽き果てるまで主様の武具姫であることを誓います」


 わたしは深々と座礼する。

 抜けた。やっと抜けた。仕える主がオウリムで良かった。オウリムなら、むやみやたらに剣で人を傷つけたりしない。良かった。本当に良かった。

 わたしがのろのろと上げた頭を、オウリムが撫でてくれる。漆黒の瞳が刀身を見つめ、鞘を見やり、慣れた手つきで剣を鞘に納めた。


「お姉様の剣よりは細いですが、頑丈に作りました。また鞘の小花柄と柄の花飾りで、目くらまし程度の簡単な花の能力は使えます。どうか活用してください」


「分かった。華、ありがとう」


「はい」


 オウリムが笑ってくれたことで、わたしもふわりと笑みを返す。

 これで武具姫の契りは完了だ。わたしはどっと押し寄せてきた疲れに身を任せ、眠りの世界に沈んでいった。

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