第19話 ぬくもり

 始業式が終わり剣士からのお土産を抱えて家に帰ると、家の空気が少し違った。玄関に見慣れない靴がある。

「ただいま〜」

 半信半疑に中を伺いながらドアを閉めると、落ち込んで気落ちしていた私に、

「おかえり!」

 なんて元気な返事が返って来るんだろう。急いで玄関を上がると、さらら姉さんの笑顔が迎えてくれた。

「姉さん、帰ってたの!」

 フランスへ行ったまま連絡もなかったさらら姉さんが帰っていた。

「なによ!もうずっと連絡もなかったしどうしてるのかと思ってた。連絡しないってなんでなの」

 二年振り、私達は手を取り合った。

「ひみこ何か落ち着いたねえ」

 質問に答えもせず私の肩をさすりながら懐かしそうに言った。

「そりゃあもう高校生になったんだよ。いつまでも中学生のままじゃないよ。少しは大人になるよ。お姉ちゃんもあか抜けたね。髪もふわふわっとしてフランス人みたいよ」

「不思議よね。そういう生活しているとだんだん中身もフランス人になってくるみたい」

「姉さん綺麗になったね……」

「なに言ってるの照れるよ。あ、お土産ほしいの?」

 今日はお土産多いな。

「ううん、そんなんじゃないよ!なんか綺麗になったなってさ。本当きっといい毎日、送ってたんだろうな」

 私は姉さんと話しをすると荷物を抱えて二階に上がった。突然帰ってきた姉さんに会えて嬉しかった。姉さんの綺麗なきらきらした顔を見て私もあんな大人になりたいと単純に思った。


「母さん、ひみこ感じ変わったね。私ばかり年をとってるのかと思っていたら。母さんも父さんもひみこも変わってて、二年経ったんだなあと驚いちゃった」

 姉さんはしみじみ言って母さんの料理が美味しいって喜んでいた。

「一度も連絡寄越さなかったあなたが今更そんなしみじみ懐かしがるなんてことある。あ、さらら覚えてる。麻子おばさん。あそこの剣士が小笠原から来てるの。この前まで屋根裏部屋にいたんだけど冬休みの終わり頃学校の寮に移っちゃったのよ」

母さんは残念そうに剣士の話しを始めた。

「父さん反対だったんだけどね。どうしても寮に入りたいって聞かないもんだから、麻子もとうとう根負けして行っちゃったのよ」

「そうあの剣士がこっちに来てるんだ」

「あの剣士ってあんたの思ってるのと全然違うわよ。とにかくびっくりして私が驚いたんだから」

 母さんも剣士の行動は気に入ってたみたいだから少し寂しそうだった。私は話しを聞いている間ずっと黙っていた。剣士が家にいた8ヶ月の間、色々あって一口には説明できず何も言えなかった。食事がすんで部屋に帰るとさらら姉さんがドアをノックした。

「いい?ひみこ」

「うん、宿題もう終わるから……待ってて」

 姉さんは部屋に入って周りを見渡した。

「部屋の感じも変わったわね。あら、これ?」

 めざといな。剣士の写真を見つけて歓声をあげた。

「これ、ひょっとして剣士!」

「うん、意外でしょ。今はそうなったの」

「いやあ~これは母さんの好みかもね。小さいときは良い子過ぎていつも怒ってたのよ。どうして剣士はあんなに物わかりが良いのって……母さん自分が型破りなもんだから子どものくせに良い子なんて許せないって思ってたんだろうな。

 これが剣士か……あんたたち仲良かったよね。ひみこが我が儘なお姫様で剣士がなんでも許してくれる王子様ってとこかな、おかしかったわよ、二人を見ていると。ガタガタしてるんだけどいつも一緒にいて、私あんた達の子守するように言われるんだけど、二人を一緒にしておくと手が掛からなくて助かった」

 姉さんの中にも私と剣士のことはたくさんあるらしい。思い出ってみんな大事にしてるものなんだな。私はちっとも覚えて無くて剣士にもめんどくさいみたいに言ってしまったけど、嬉しそうにキラキラして話す姉さんを見ていると、自分の中の剣士に持っていた嫌悪感みたいなものが見当違いだったような気がしてうっすらと融け始めた。

「麻子おばさんの住んでた家、今どうなってるんだろう?」

「おばさんの家?」

「あなた、いくら5歳だったからって記憶がなさすぎ。そんなになにもかも忘れてしまうもの。5歳ってそんな年なのかな。

 バス停の奥に壁から柿の木がこぼれている家あるじゃない、剣士達向こうに行く前あそこに住んでたのよ」

「それほんと?姉さん、なんで私、そんなになにも覚えてないんだろう……」

 自分にはよっぽど記憶力がないんだと情けなくなった。

「きっとひみこは今を生きてるのよ。過ぎていくことはどんどん忘れていくんだね」

「姉さん」

 良い時に帰ってきてくれたなと思った。誰にも言えなかったことも姉さんになら言えるような気がしたから。

「姉さん人を好きになるって苦しいよね。うまく話しが出来なくなって、相手の気持ちもわからなくなって精神衛生に良くない」

「そんなこと言わないのよ。私は好きな人がいる方が幸せだな。しっかりしなさいよ若いんだから」

 姉さんがそう言った時、きっと好きな人がいるんだなと感じた。

「姉さんまたフランス行くの?」

「ううん、ひとまずこっちに落ち着こうと思ってる」

「そう言えば、姉さん、なんかあって帰ってきたの?」

 私が不思議な顔をして姉さんを見ると、

「まだ、その点についてはひみこさんには発表出来ません。もうしばらくお待ち下さい」

 とかいって笑ってる。

「なによそれ、もったいぶっちゃって。それじゃ向こうはどうだったの?二年も行ったきりで家じゃもう姉さんはフランスにもいないんじゃないかって噂してたよ」

「またあ、ろくなこと言われてないわね」

 姉さんはカラカラと笑った。明るく笑う姉さんを見ながら、そうかこっちに落ちつくのかってホッとした。聞いて欲しいこともいっぱいだし、聞きたいことも山ほどあるし心強くなった。

 ベッドに寝っころがって天井を見ていた。目をつぶると空いっぱいの星空が浮かぶ……星空になんでこんなに執着があるんだろう。剣士のプレゼントの星空もほんとに嬉しかったんだ。感傷に落ち込みそうな悲しい気持ちが急にはじけて、私はガバっと跳ね起きた。

 なんでそんなことにもっと早く気が付かなかったんだろう。もっと自分の欲しい物に欲張りにならないとこのままじゃちっとも変わらないよ~リビングまで走って下りて父さんに頼んだ。

「父さん私の部屋、屋根裏部屋に替えて!」

 突然そう言った私に父さんは驚いた。なにを言われているのかわからないでいる父さんを無理矢理引っ張って私は屋根裏部屋に上がった。

「待っててね!」

 明かりを点けてしばらく待って真っ暗にすると剣士の残した星が光り始めた。

「すごいな」

「剣士が私の誕生日にやってくれたの」

「なんで剣士がお前に?」

「私が満天の星が見たいって、でも諦めてるって言ったの。そしたら諦めること無いってちゃんと叶えてやるって……」

 私は胸が熱くなって涙が出てきた。父さんは訳の分からない顔をしたけど姉さんがそばに来てそっと肩を抱いてくれた。剣士が私のために残してくれた物……私は、何度も父さんに頼み込んでとうとう屋根裏部屋の満天の星空を手に入れた。

 姉さん諦めちゃいけないことがあるんだよね。私にだって……今更ながら良い子を止めたと言った剣士の気持ちがわかりかけてきた。

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