第17話 残像

「ただいまー」

家に着くと、家の中はガラーンとして。机の上にメモが置いてある。

『あんたたちは打ち上げだから、父さんと母さんは、外で食べるねー☆レンジにおかずが入っています』と書いてあった。

「母さん暢気だな。みんなお酒でも飲んでどんちゃん騒ぎでもしたらどうするのよ~」

 とあきれてしまった。レンジには母さんの得意なラザニアがいつもより大きな型で作って置いてあった。

「ああ、制服じゃまずいよね。着替えか~」

 ぼそぼそと独り言を言いながら気に入ってる水色のワンピースに着替えた。

「剣士~いる?」

 思いっきりさりげなく声をかけると剣士が戸を開けた。

「どうしたの?そんな綺麗なの着て」

 そういう剣士はいつものよれよれ。半袖。シャワーを浴びたのかタオルで頭をふきながらすっきりした顔してた。

「今日、打ち上げ?……」

「あれは、嘘」

「へ、なんで、嘘…なの?」

「二人でゆっくりしようと思ってお前だけ招待したの」

「二人だけって……あんなにたくさんのラザニアどうやって食べるのよ」

「いいよ俺が全部食べるから」

「見たの?じゃあ持ってくるよ。打ち上げやらないと」

「そうだな。腹も減ったし」

 母さんの作ったラザニアで私達はWの誕生日のお祝いをした。終始無口な私を剣士が気にしてたけど上手く表現出来るものがなにもない。ラザニアは剣士が一人でパクパク食べたけど半分以上も残ってしまった。

 私といるとさつきといる時みたいに元気じゃなくなる剣士。それも、なんか悲しかった。

 私達はろくに話もしないで打ち上げなんて雰囲気でもなかった。

「もう食べられないね」

 私が立ち上がろうとすると、

「ちょっとまって」

 そう言ってあわてて部屋の明かりを消した。

「え?なにするの」

「しっ!黙って」

 剣士の言葉に落ち着いて見上げると空一面の星?……天井に小笠原の夜空。五歳のあの時に帰ったみたいな錯覚の中、空を見上げた。

「ひみこ……俺はこの十年間お前との思い出の中にいてちっとも進歩の無い毎日だった。お前の喜ぶ顔が見れたら最高の幼かった毎日から卒業したくても……離れられずに、ずっとそのまま引きずられてきた。

 なのにお前は俺のことなんかすっかり忘れてすましたお嬢さんになってて、まったく俺には手に負えないのだけ昔のままで、きっと俺がお前のこと好きな分だけやっぱりハンディーなんだよな」

 剣士が素直にそう言えば言うほど私は混乱してたまらなくなって、胸の中に抑えてた言葉がほとばしり出た。

「剣士!子どもの頃のことなんて私にはわからないよ。あれから十年。毎日色々あったんだ。この星空も、いつか見たいと思ってたこの星空も東京じゃ無理って諦めてた。忙しい母さんをサポートしながら我が儘ばかり言ってられなかった。私には毎日がたくさんありすぎて思い出ばかり持ってられないよ。

 剣士が私のことずっと思っててくれたのは嬉しかった。嬉しかったよ。だけどどう受け止めていいのかわからない……やっと高校生になってやりたいことに巡り会えて、そっちやるのが精一杯で、剣士の心も受け止めようと思ったら無理して私……壊れちゃうよ」

 自分の言っていることが自分でもよくわからなかった。先輩達と一緒だ……剣士の気持ちを受け止められないと言うよりもそんなゆとり今はないんだ。

「剣士……」

 本当にそう言いたいのかどうかわからない言葉に剣士が反応する。益々混乱して悲しくなる。

「わかった。これ俺からお前に誕生日のプレゼントだから……俺しばらく豊の家に行くよ。俺もそんなに…良い奴でいられないよ……」

「剣士……」

 私の横をすり抜けて、剣士が荷物をまとめて部屋から出ていった。玄関を開ける冷たい音がして、自転車が走り出す。剣士の顔から笑顔が消えていた、いつも明るく笑った剣士だったのに、私の胸に苦いものが残った……

 そして、私達の七月七日は終わった。


 コンサートは大成功だったけどそれからの剣士は学校でも私とは目も合わせず、いつも重苦しい顔をしていた。しばらく先輩の家にやっかいになってようやく帰って来たときには、家を出てよそに下宿したいって父さんをほとほと困らせていた。

 その後、あの『碧のバラード』は、何度コンサートをしてみんなからリクエストをもらっても剣士は決して歌うことはなかった。

 私もあれ以来剣士のコンサートに足を向けることはなかった。


 夏休みの間に都立の図書館でポスター展が催された。大勢の人が足を運んでくれて、人気投票の末、私達の学校がみごと優賞した。特にあの軽音部のポスターは単独で優秀賞ももらい、私達の校内活動は幅広く認められることになった。

 でも、個人的なことを言えば、私達の夏休みはとても悲惨な寂しいものだった。お互い反対の方ばかり向いてきちっと向き合うことも出来ないまま、いたずらに時間ばかりが流れていった。

「ねえ遠野君前みたいに底抜けに明るいっていう感じじゃなくなったよね」

「由美もそう思う?落ち着いてまともな感じになったけど面白味が無くなったよね」

「ひみこ~ひみこも元気ないけどあんた達なんかあったの?」

「ううん、なにも」

 私は黙々とお弁当を食べた。

「子どもから大人へ変わっていくときだから複雑だよね。色々あるよ」

 沙那の言葉は私の心をカチカチに凍らせて、いよいよ無口に拍車を掛けた。集まっては騒いでいたランチタイムもこの頃これと言った話題もなくトーンダウンしていた。


窓の外の景色が夏から秋に様変わりしていく……いつかコートをはおって学校に来る子が日に日に目立つようになった。

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