第16話 剣士の気持ち

 コンサート当日。会場は早くから満席で私は中にも入れなかった。教室だけでは入りきれない人たちが廊下にもはみ出してコンサートを盛り上げていた。音の調整が難しくてボーカルの声と演奏のボリュームが上手く合わない。聞き取りにくいけど、乗っているみんなにとってはそれもどっちでもいいみたいでただただ盛り上がっていた。

 私は廊下の片隅でボリュームの安定しない曲を、歌詞はわからないけどたしかに剣士の声だなと思いながら聞いていた。マイクを通した剣士の声は少し高めの、透き通ると言うより心に浸みてくる感じ。何曲か流れた後、曲はゆったりとしたバラードに変わった。 

 あ、これ、聞いたことがある。あの時の曲じゃ無いかな。さつきの優しいピアノが流れて剣士が静かに歌い始めた。

 剣士は黙ってたけど、どっかのグループの曲じゃなくて剣士のオリジナルだったんだ。私はもたれていた壁から身体を離してよく聞こえるほうへ耳を傾むけた。静かなさつきのピアノと剣士のギターだけの歌。歌詞がはっきりと耳に届いた。

「遠野君ずっと好きな人がいてその人に捧げる歌だって……」

 ふいにさつきが言っていたのを思い出す。この曲?

 剣士が剣士がずっと好きだったのは……好きだったのは…この私だ……って私にしかわからないような情景が続いていく。幼い頃のこと、離れていた年月…心臓がドキドキして止まらなくなった。

 そんなの困るよ……十五年分のメッセージがこんなたくさんの人の上を飛び越えて私の所まで飛んでくる。胸が痛い。私は我慢出来なくなってその場を離れようとした。

「ひみこちゃん。ちゃんと最後まで聞いてやれよ。途中で逃げられるのは悲しいもんだよ」

 そう言っていつの間にかそばに来ていた高良先輩が私の腕をつかんだ。

「先輩……」

「この曲が終わったら部室へ行こう。話したいこともあるし」

「……」

 私は立っているのがやっとだった……壁に支えられて剣士のあふれる思いを受け止めきれない思いで聞いていた。


「彼がひみこちゃんを好きなことは初めて会った時からなんとなくわかっていたよ。  家で豊達と一緒に練習するようになってそれがひしひしと伝わって来るようになった。素直な正直な人だからね。

 僕は彼を見ていて勇気付けられたよ。彼がひみこちゃんに惹かれる気持ちもわかるし、その気持ちの深さも凄いと思った。二人には感謝してるんだ。叶えられなくても幸乃への気持ちを大切にしようと思えた。

 だから、ひみこちゃんにもちゃんと受け止めてやって欲しいんだ。良い歌だよ聞くたびに彼の気持ちがしみてくる」

 先輩の言葉なんか本とは少しも聞いてなかった。私の中で剣士の歌が何度もリフレインして、悲しいんだかどうなんだかそれもわからなかった。

「なんか……びっくりしちゃって……先輩に引き留めてもらわなかったら最後まで聞けなかった」

 から元気で笑って返事をしたけど、どこかがひきつってる。

「まだいい歌いっぱいあるから、テープかしてもらうといいよ。ゆっくりちゃんと聞いてやって欲しいな」

「あ……今日、家で打ち上げあるんです。終わったら行くことになってるから、私そろそろ行かないと」

 先輩から逃げるように部室を飛び出してトボトボと歩いた。あの時も、あの時もこんな状況はあったけど、やっぱり知りたくなかったんだな。剣士の真っ直ぐな気持ちを聞いてしまったら困る。剣士の言葉をさえぎりながら、ずっと聞かないようにしてきた。

 だって、今年、剣士が帰ってこなかったら、私の前に現れなかったら、私の中にいなかった剣士……

 思い出の中に半分消えそうにいただけの従兄弟。

私が高良先輩のこと憧れてたの知ってる剣士。私はどうしたらいいんだろう。気持ちをちゃんと受け止めるってどういうことなんだろう……。

「あーわからない。わからないまま家に帰れないよー」

 私は、先輩の家の赤い屋根を探して階段の上に座り込んだ。赤い屋根は、いつもどうり、森の中に見え隠れして、そこにあった。

座り込んでほおづえをついた私はなぜか小笠原の海を思い出していた。こわいくらいの星に泣いた自分を思い出していた。

「帰えろ!考えたって仕方ないよ」

 剣士が嫌いって訳じゃない。そう言うしかない……私は立ち上がってバス停に急いだ。

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