第8話 接近
高校になって変わったことと言えば、バスで通学するようになったことと、毎日のお弁当持ち。夜遅くまで仕事してる忙しい母さんがちゃんと毎日早く起きてお弁当を作ってくれるようになった。ついでに父さんの分と三つ。私もお弁当箱に詰めるときは手伝う。炊き立ての真っ白いご飯に白い湯気。日替わりでふりかけを振るのが楽しみだった。
今日は…おかかにしよう。
教室のお昼は、この頃メンバーも定着してだいたい周りの景色も同じ。友達何人かでかたまってお弁当を食べる。授業が終わると走って売店に直行して激戦のパンを買いに行く子。ここのメロンパンは美味しいと噂だった。
「ねえ、ねえ三年の山下先輩知ってる。いいんだよね」
「何部?」
「剣道部よ」
へえ剣道部……
「いつもクラブやってると横で練習してるの。スラッとしてて、背が高くて、剣道着似合うよ。最高!」
そうか体育館で練習してると剣道とかと一緒になるんだね。
「うちの先輩、優しくていいよ。厳しい時もあるけど先生が厳しいのとは違うね。ちゃんと聞こうと思うもんね」
あ~青春、青春って感じだな。中学の間は先輩なんてそれほど意識したこともなかったのに。
「ねえひみこの部はかっこいい先輩いるの?」
うん、いるよ。でも……
「ま、まあね」
私は顔を赤くして言った。
「な、なに赤くなるような先輩がいるの?」
って調子で、バレたくないようなバレバレなような明るい興味津々が飛び交う。適当に誤魔化しながら笑う。小声になったり、大声で笑ったり、とりとめのない話しは延々と続いていく。
とりとめのない話しがキラキラ光ったり、なんでもないことが宝物だったりする毎日だった。
入学式以来、ずっと学校中を走り回ってメンバーを集めていた剣士達がついに軽音部を作った。個性的だけどみんな明るくていい奴ばかりだから、先生もとうとう根負けして許可を出してしまった。メンバーは全部で五人とか。一年生ばかりの元気なバンドになるらしいって学校中の評判になっていた。剣士の喜びようもそりゃあ最高潮でしばらくは勉強にも力を入れようとか言って最近は授業も真面目に受けていた。
「あの、遠野君いますか?」
「おーい剣士朗お客さんだぞ!」
他のクラスから剣士にお客?と顔を上げると教室の入り口にそりゃあもう可愛い女の子が立っていた。
「おう!」
軽く手を挙げて剣士が近づくと恥ずかしそうに廊下に離れた。クルクルの巻き髪。だれだろう?可愛い子だな……シャーペンを持ったまま上目遣いに見てる。
「あの子バンドのメンバーなんだって、ピアノすっごくうまいらしいよ。作伽祢が言ってた。見たあの髪、美人だよね」
「あ、ねえ、ねえ何組?」
「C組」
へえ隣のクラスなんだ。
「なにひみこ気になるの?」
「ううん、そんな全然」
バンドには女の子もいるのか、それは知らなかったな。
私と剣士が従兄弟だってクラスのみんなにはまだ話してなかった。私はバス通学で剣士は自転車通学。帰りも別行動。名前も違うし。だれも同じ家に住んでるなんて思ってない……お互い学校でその手の話題で口をきくこともなかったし…
「あの子、浅見さつきって言うんだってさ。いいよな~美人は、それにピアノでしょ。でも剣士朗のタイプじゃないな~」
なんでそう思うんだろう……
「どうして、そう思うの?」
「綺麗すぎ、もったいない」
プッ、私は沙名と笑った。沙名はスポーツウーマンで卓球部に入ってる。今のところ毎日剣道部の先輩の話で持ちきり、勢いよくて頭もいいから一緒にいて楽しい。私たちはすぐ友達になった。席も近かったし、情報にも聡くて、私にいつもいろんなことを教えてくれた。
だけど……その日以来、剣士の横にはいつも浅見さつきがひっついているように見えた。茶パツの剣士と何処から見てもお嬢様の浅見さつきじゃ、沙那の言うようにアンバランスだけれど、雰囲気は悪くない。学校の帰りも二人で並んで自転車に乗って走り去っていく。剣士の楽しそうな顔と、浅見さつきの嬉しそうな顔がいつも二人セットで私の周りをチャラチャラして、どうってことないはずなのになんか複雑な気持ちだった。
その上、練習のために家に高良豊、東作伽祢がいりびたるようになって、私と剣士が従兄弟だってことも、いともたやすくばれてしまった。別に隠してたつもりもないけど、知られなくてもよかったな。
「ひみこと剣士朗が従兄弟とはね。しかも一緒に暮らしてるとはね」
「別に隠してた訳じゃないよ。言いそびれてただけ」
私あんまり積極的に話をするほうじゃないから情報提供が少なかっただけ。剣士も女の子にあれこれ話すほうじゃないから、豊と作伽祢が家に出入りしなかったらきっとだれにも知られなかったんだろうな。
「家での剣士朗はどう?」
「あのまま、どうってことないよ」
「いいな、同級生なんて」
「どうして?」
「だって楽しそうじゃない。話題も合うでしょ。そういえばあんた達毎日お弁当のおかず一緒なんじゃない」
沙名の目の付け所は変わってる。
「そうだけど、それがどうかした?」
「作伽祢に聞かなくてももっと早く気づける要素はあったんだってことよ」
そう言って悔しがっていた。
あ、まただ……教室の入り口を見ると剣士とさつきが長々と話しをしていた。ポケットに手を突っ込んだままさつきの方を見てる剣士。よくそんなに話すことがあるよね……
剣士の笑顔が教室にも校庭にも帰り道にも、学校中どこにでもばらまかれていく。私はそれを見るたびに眩しくてため息が出た。もう一歩二歩近づきたい。と思っても用がなければ近づけない消極的な自分を感じた。
「ひみこちゃんなにしてるの?」
「ああ、母さん。私も自転車くらい乗れてもいいかなと思って」
物置でゴソゴソしてる私を母さんが心配してのぞきに来た。
「珍しいこともあるんだねえ。今まで一度だって自分から練習するなんて言わなかったのに」
「ま、ちょっとやってみようかなって思っただけだから。母さん自転車かしてね」
「けがしないようにね」
慣れない自転車をへっぴり腰で押して庭に出た。自転車は思ったより重くて持ち歩くだけでも重心がとれなくてよろよろした。
みんな平気で軽々と乗り回しているのが嘘のように思えた。またいでみてもそこからどうしたら動くのかわからない。何度も倒れそうになりながら、やっぱり一人じゃやれないかと思った。
「また今度父さんに手伝ってもらお」
私はあきらめて自転車から降りた。
「ひみこ何やってるんだ?」
あ、剣士だ……
「な、なんでもない。なんでもないよ」
「そう」
そう言うと剣士は家の中に消えていった。まったく情けないよね、力のない自分に叱咤激励しながら自転車を片づけようとしていると、着替えをすました剣士がTシャツに腕を通しながら庭に出てきた。
「お前自転車に乗れないんだって、今おばさんに聞いた」
「うん」
としか答えようがなくてうつむいた。
「手伝ってやろうか?」
「ま、また。そんなこといいよ。剣士も忙しいから」
「遠慮するなよ。自転車なんて一人じゃ乗れないよ。ここじゃだめだ、もっと広いとこ行ってやろうぜ」
明るく、屈託の無い顔でそう言った。
「乗れるようになるかなあ」
情けないけど正直な気持ち。
「乗れる、乗れる、大丈夫だって。たいてい誰だって乗れるよ」
そう言って励ましてくれる剣士の気持ちがちょっぴり嬉しかった。
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