第7話 高良先輩
「ただいまー」
家に帰ると母さんがソファーにドッサリともたれかかってサッパリした顔して牛乳を飲んでいた。
「どうしたの?なんか嬉しそうね」
「ああ、お帰り。この頃詩の仕事ばかりじゃなくてエッセイとか書いて欲しいって話しもあってね、毎日しんどかったのよ。やっと終わって今お風呂入ったところ」
そうか、母さんも忙しいんだ。
「あ、なにこれ?」
「それ?おばさんからきたんだよ。さっき郵パックで届いたの」
へえ~小笠原から。
「私が開けていい?」
「ひみこちゃんはそういうの開けるの昔から好きなんだよね」
だってこういうの嬉しいじゃない。なにが入ってるかドキドキする。これが小笠原の消印か……
「母さん、魚の干物。それからこれ?マンゴーの干したの?ジャムも入ってる。それと、塩、絵葉書。はいこれ」
って渡そうとした絵葉書に写ってる一面の星空。
「これ小笠原の空?」
「そうよ。あんた初めて見たときね……」
私、どっかで、どっかで空いっぱいの星を見たことがあるって思ってたんだ。そっか……あれは小笠原の夜空だったんだ。五歳の子どもの心に焼き付くなんてよっぽどキョウレツな星空だったんだろうな。感慨もひとしおって葉書を見つめてる私に。
「泣いてたわよ。あんまりお星がたくさんで気持ち悪いとかいって」
「嘘でしょうそれ!」
それでキョウレツに焼き付いたっていうの。う〜ん。ま、しかたないか~情緒を解せない五歳の子どもじゃあさ……
なにかあいつが来てから子どもの頃のこととか話題に上ることが多くて、しかも子どもの頃の私は今とは若干ちがうような……いろいろ紐解いて考えてみると、人格変わっちゃうような。不安な気分になった。
どうやら、今の性格は大きくなるに連れて少しづつ修正されてこうなってきたみたい。父さんに近いって思ってたけど、本質は母さんに近いのかもしれない。私は一度に冷や汗が出た。母さんごめん…
「ただいま~」
自転車を全速力でこいできたのか、汗をかき、ネクタイも曲がってぼろぼろになった剣士が帰ってきた。
「お帰り。あ、お母さんから小包届いたよ。そこのテーブルの上。マンゴーはあんたのだって」
「いやあ、懐かしい箱だな」
箱って?箱なんかありがたがっててどうすのよ~
「このマンゴーうまいぜ。これはこっちではなかなか手に入らないっていうお客多かったんだ。絶対上手いからお前も食べてみろ」
「ああ、うん」
マンゴーが干してあるのかと手に取った。
「どうした、早く食べろ」
食べろってせかさなくても。まったくなんでも強引なんだから。パクッと口にくわえる。
「本当、おいしいよ」
ちぇ、なんでもないように見えたのに。
「だろ、お前にやるよ。俺はまた送ってもらおう」
「ええ?あ、ありがとう。ねえ今日一緒だった子ずっと連絡とってたんだって?」
「ああ、雑誌で知り合って、手紙書いたりファックスしたりな、不思議だよな~ずっと前から顔見知りだったみたいだぜ」
「あの子と一緒にバンドやるの?」
「ああ、長年の夢だから。楽しみにしてろよ、そのうちメジャーになるから」
「あっそ」
「なに?ひみこ詳しいね。そんなことだれに聞いたの?」
「あ、ちょっとね」
危ない。危ない。あまり危険な所に足をつっこんではいけない。
しかし、剣士はいつも張り切ってる。やりたいことがあるのって想像以上の力が湧いてくるみたいで羨ましいな。
「なにバンドって?」
もう、剣士が来た日に話してたじゃないよ。母さんが感心なさそうに、でも保護者だから知っとかないとって感じで聞いた。
「ロック、ロック、ロックバンドをつくるんだよ。そのうち曲作るから相談に乗ってね」
剣士は私に渡した袋から一つ取ったマンゴーを口にくわえて鼻歌なんか歌いながら上がっていった。
「ロックってお父さんが聞いたら怒らないかなあ~」
ってつぶやくように母さんが言った。だから父さんだってもう聞いてるってば~一体ここ何日も原稿に追われてたからってよく知らないでいられたね。家の親ってどっか変わってる。だいたい怒ったって止めないよ。あいつは、私もその意欲だけは感心して見てるんだ。
鞄を抱えて二階に上がった。机に向かってレポート用紙を広げたら先輩の顔を思い出してデレッと顔がほころんだ。文芸部に入った動機なんてうまく書けないな。今は先輩の笑顔見たさに来てますなんて恥ずかしくて言えないし。私は鉛筆を持ったまま今日の事を思い出していた。
「写真欲しいな~机の上に飾って毎日にやけるんだ~届かない片思いにけっこう憧れてたんだよね。ロミオとジュリエットみたいなの良いな~
あの赤い屋根の家ならバルコニーあるかな。あ、でも反対だ。先輩がバルコニーに立ったんじゃ絵にならないよね」
とか色々ブツブツと独り言。
「オイ!」
ガタタッ、
「なによ、いつからいたのよ!」
「写真欲しいな~あたりから」
ザアーと音を立てて血のけが引いて私は目の前がクラクラした。
「俺もらってきてやろうか」
「な、なんのことよ!」
「写真だよ。豊の兄貴だろ」
「いいって、そんなこと」
ゲッ!こいつにぶいような顔してて、あの右から左へ通り過ぎる間にそんなに観察してたとは……
「なんか用?」
私は必死で立て直して強気で押した。
「お前の写真一枚くれないか?友達が欲しがってるんだ」
うそ?私は間抜けな顔してしばらく固まった。
「なあ~んちゃって、嘘。宿題写させろよ」
ピキッ、どっか切れた音がした。
「どうせもうやってあるんだろう、ひみこさんは真面目だからさ。俺、授業くらい真面目にやらないと軽音部作れないんだよね。先生のイメージ悪くなっちゃってさ」
そう言う剣士に怒りが収まらない。
「よくわかってるじゃない。じゃあ真面目にやれば。私のを写すのが真面目にやることとは思えないけど」
まったくいつも優しいのがモットーの私でもこいつには腹が立つ。これ以上強気に出ると逆効果かなあと少々ビビリながらも、一度強気モードに入るとそう簡単に元にもどせない。
「や、ばらしちゃおうかな。でも片思いがいいんだろう、ばらすと両思いになってそれはそれで面倒なことになるかもな~」
ゲッそこまで聞いてたのか。剣士は耳がいい。改めてこいつの自然児ぶりに感心!目なんか3.0くらいまで見えるんじゃないの。くそう、
「なんのノート?」
「へ?」
「なんのノートを写すのよ」
「そんなの全部だろう、宿題出てた」
「お父さんに言ってやるから」
そうしたら少しひるんだ。
「親父さん怖いからな。俺には厳しいし」
当たり前よ。ちゃんとやってる私に厳しい訳がないでしょ。
「はい!」
私は突っけんどんにノートを渡した。
「じゃあ終わったら持ってくるよ」
「ちゃんとちゃんと、写したってわからないように写してよ」
って訳の分からないことを言って牽制球を投げたつもり。
「オウ、サンキュウ」
そう言って剣士は出ていった。あいつの何事も悪びれない態度は今時の子にはめずらしく賞賛に値するものはあるけれど、よくもあそこまで堂々としてるって、押しの無い私には理解しにくい。
でも先輩の弟が友達だからな、一番知られたくない奴に絶対見せてはいけないものを見せてしまったって感じ。く、後悔…
当分学校で一緒に歩いたりしないように気をつけようと思った。
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