第4話 迷子

 いったいどうなっちゃったのか情けないような、悲しいような気持ちで、街灯の点り始めた道を、足取りも重たく三人気落ちして家に帰ってくると、石段に、ギターを抱えた茶パツのファンキーな少年がなにやらブツブツ歌いながら腰を下ろしていた。 

 異様さの漂うその子は、私たちを見つけるとニコッと鮮やかに笑った。

「や、麻子に似てる……」

 と、父さんが拍子抜けするような声でつぶやいた。

「え?」

 まさか…私と母さんは顔を見合わせて恐る恐る近づいた。化け物でも見るような気分で腰が引けてる……

「あんた、剣士朗?」

 母さんが言うと、目にかかりそうな前髪を掻き上げて、立ち上がると、

「こんにちわ!でもないか……こんばんわ!」

 と景気良く挨拶した。

 そうだ、剣士だ。この口の開き方、えくぼ、写真といっしょ。でも……あとは全部違う。母さんは、あまりの衝撃に呆然となっていた。

 家のスペシャルな母さんを、うろたえさせたり、ビックリさせたりするなんて、かなりな奴だよな〜。ここのところ、父さんに当たり散らしていた母さんだったから、ちょっといい気味って顔をして、父さんと顔を見あわせてクスッと笑った。

 これじゃあ、いくら探したってわからないよ。想像と全然違うんだもん。……そりゃあ勝手にしてた想像だけどさ。私はつい引くものがあって父さんの後ろに隠れた。

「お前、その頭なんだよ」

 心配してた甥っ子への初めての記念すべき父さんの言葉がこれだった。

「小笠原は日差しが強いから焼けるんだよ。天然だよ。天然」

 天然ってじゃあ小笠原の子はみんな茶パツだって言うの?剣士は悪びれずそう答えると、荷物を持ち上げて、

「お世話になります」

 と、深々と頭を下げた。明るくて、はきはきしてて、Tシャツがよく似合う。まだ早春なのに半袖を着ていた……ひょっとしたらこいつ…半袖しか持ってないのかなあ(小笠原はハワイのとなり?だから)と私は一人でそう思った。

 いきなりの変?な対面にうろたえっぱなしの母さんも、自分のテリトリーに入ったとたんなぜかいつもの強気な母さんに戻っていた。

「あんた、どうやってここまで来たの?」

「どうやってって、試験の時も一度寄ったから。あの日もあいにくの留守で家を眺めただけで返ったけどさ」

「えーじゃあ初めから家を知ってた訳!」

「そうなんですよ、本当はどっか下宿探してそこから学校に通おうと思ってたんだ。そしたらお袋にばれちゃって、東京の学校行くんならおじさんの家に下宿が条件だってさ。そこまで漕ぎ着けるのにかなり苦労したし、それ以上は非力な俺では無理だなあって、いさぎよく諦めました」

 と、あっさり開き直って笑った顔はどっか憎めない。小麦色の肌。絶対染めた茶パツ。なんか、ここがあいつの家で私がお客さんみたいにこっちが緊張して、かしこまって話しを聞いていた。

 だけど、長めの茶パツはやっぱひるむよ……私、苦手なんだ。中学にも同じようなのがいたけどこっちがびびっちゃって近づけなかったな。チラッと見られるたびにギャッと思って目を伏せた。

「あ!ひみこちゃん紹介しなくちゃね。あんたと同級生。この子ともう一人さららって子がいるけど今フランスに行ってるの。あと私と主人と全部で四人家族。よろしくね。

 なあ~んか麻子の子だと思って、どんな子が来るかと緊張してたけど、すご~く真面目で扱いにくいんじゃないかと思って。いやあ、明るいし、さばけてるし、良かった良かった。さすが南国育ち。なんとかなりそうよ。ねえ、お父さん」

 父さんは元気な母さんにホッと胸をなでおろした。でも新たな心配も感じてか威厳のある声で、

「母さんはそう言ってるけど、あまり羽目をはずすと僕も教師だからね、先生の苦労はわかるから放ってはおかないよ」

 と言った。剣士も悪い奴じゃなさそう。ただ私は苦手。そうそう気安くは出来そうにない。幼なじみとは言うけれど、その後の十年があまりにもかけ離れ過ぎちゃって、私と剣士はこんなに違って育ってしまった。

明るく、元気な声で、

「よろしくな!」

 と言った剣士に、

「うん」

 と中途半端にしか答えられなかった。

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