第5話 同級生

 剣士が来てからの毎日はタダタダ慌ただしいの連続だった。仕事一筋の母さんもいきなり目の前の子どもが二人になって、しかも…双子同然…制服を揃えたり、剣士の自転車を買ったり、それも事ある毎にいちいちすったもんだある。

 学校まではバスで二十分。もともと自転車に乗れない私はもめるはずもないけど、剣士はどうしても自転車で通いたいと言ってきかない。娘が今まで親の言うことをなんでも聞く良い子?だったから父さんも、母さんもちょっとしたことで番狂わせが重なって疲労困憊、剣士に振り回されてほとほと手を焼いていた。

 髪を切る切らないは入学式間際まで父さんとそうとうやり合っていた。茶パツはこれは天然なんだと言い張る剣士に父さんが折れるしか無かったけど、長いのは絶対駄目。こればっかりは剣士があきらめて泣く泣く床屋に行った。

 毎日こんなんだと今までの平和な生活がもう取り戻せないほど遠いものに感じる。父さんも急激に禿げるんじゃないかと私は本気で心配している。


 それやこれやをクリアしてついにやってきた入学式。この日を楽しみにしてた父さんが送ってくれて、晴れて四人で一緒に出かけた。これももめたんだよね。保護者が一緒なんてやだって。いちいちなんでそう揉めたがるんだろう。私なんか意見を言う隙間もない。

 じゅうぶん目立つ剣士がいるんだから母さんは地味にしてね。とそれだけは頼み込んでおいたから、卒業式に比べたら幾分地味な服装。剣士のことでみんな疲れてるからと自重してくれたのかホントに疲れてしまったのか、母さんの心使いに私たち普通の父娘は心から感謝した。

 今年は例年になく桜の開花が早いらしい。校門までの坂は見事な満開の桜のアーチ。心の中にファーと広がる花びらの色。高い青空に薄いピンクが映えてすごく綺麗だった。

 校庭に大きく張り出されたクラス分けを目聡く見つけて剣士が勢い良く走り出す。よく動く、よく気がつく、周りの子がなんとなく剣士を見てる。あいつ人気者になるかなあ……それとも私みたいに少し遠巻きに敬遠する子の方が多いかなあ、どっちみち目立つよな……

「ひみこ!偶然同じ組。B先行くぞ」

 と、大声で叫んだから今度は私が注目された!最悪、なんで、組まで同じなんだ…。

 この名前目立つんだよね。嫌いじゃ無いけど父さんの趣味だから。姉さんのさららも持統天皇の和名から取ったんだっていうし。私は卑弥呼そのまんま、この名前に反応しない人はまずいない。名前を叫ばれたら注目される。だから、よけい私は引っ込み思案になって無口な文学少女に育ってしまったんだ。

 卑弥呼当人はもっとエネルギッシュで大胆な女性だったんだと思うよ。イメージとしては、母さんがそんな感じなのかな。きっと、だから二人は理解できないほど性格が対照的だけど結婚したんだろうな。鵜野讃良皇女もそう。父さんそういう情熱的な女性、本当に好きなんだろうな。

 こうやって剣士に振り回されてドキドキしながら、新しい学校での初日が始まった。教室に入るとみんな真面目によそよそしく自分の席にちゃんと着いて先生が来るのを待っている。

 なのに、剣士は早くも見つけた新しい仲間と窓のところでワイワイやっていた。見た目はかなり普通じゃなくて少しだけかっこいいかも……とか思うけど、中身は山猿。どこでも恥ずかしいなんてなくて、思いっきりずうずうしくて妙な奴。私は見て見ぬ振りしながらも視界の隅に入ってしまうのが苦しかった。

 帰りこそは平和に普通にお祝いの食事でもして帰ろうと父さんが提案する。ホッとしたのもつかの間、いきなり剣士だけどこかへ寄ると言い出して、留めるのも聞かず走り出す。私と父、母、三人取り残されて疲れもピークぼろぼろになって帰ってきた。最早、外食する元気もない。

 久しぶりに剣士のいない我が家は、拍子抜けたみたいに平和で、あまりの静けさに父さんも母さんも緊張をなくして脱力感。ソファーに腰掛けてボーっとしていた。本当に半月間大変だったね。色々ご苦労様でした。これで済むとは到底思えないけど…ひとまずね。

 私は、前からおじいちゃんに制服を見せる約束をしていたから帰るとすぐその足で隣に向かった。


 庭を抜けて路地を走って縁側に出るとおじいちゃんと、おばあちゃんが二人でお茶を飲みながら私を待っていてくれた。

「まあ、ひみこちゃん!かわいいねえ。やっぱりセーラー服はいいね」

 おばあちゃんの嬉しそうな声。

「良いでしょ、この頃ブレザー多いから、私はこの制服気に入ってるんだ。女学生って感じで」

 明るい藍色の少しデザインの変わったセーラー服はバスの中でも目立って、誰にでもすぐ相良学園の生徒とわかった。

「麻子の行ってた頃から少しも変わってないんだねえ。丈は少し短いようだけど。剣士朗は元気にしてるのかい?」

「うん、すごく元気だよ。母さんずっとマイペースでやってきたでしょ、あの子が来て以来ペースが乱れて仕事も手に着かないようだったけど、今日、漸くなんかみんな終わってホッとしてる。気が抜けたみたいよ」

「剣士朗もこっちに住めば気兼ね無く安気にできるだろうにね。どうしても正雄にたのみたいって麻子が言うから。電話をもらった時はお母さんに迷惑かけるって申し訳なかったのよ。ひみこちゃんからもよろしく言っておいてよね。さあこれおあがり」

 おばあちゃんはそう言ってケーキを出してくれた。

「美味しい〜」

 これだからおばあちゃん好き。

 だけど、家に比べて平和なんて言葉では表しきれないこのおばあちゃんの静かな領域に、剣士があの調子でかき回したら気兼ね無く安気になんて暢気なこといってられないよ〜。心配させてもいけないからあんまり言えないけど、実態を知ったらおばあちゃん卒倒して救急車で運ばれるなんてことにもなりかねないよ。おばさんがどうして父さんのとこへって懇願したのか、だんだんわかってきた。

 剣士が頼りなくて心配って言うんじゃなくて、なにをしでかすかわからないから、しっかり見張っててってそっちのほうだったんだ。

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