幕間~ 黒馬亭の誕生会にて

迦楼羅かるら、ゴットフリー・グィン、誕生日おめでとう!」


 夜の黒馬亭に、迦楼羅とグウィンの16歳の誕生日を祝う賑やかな声が溢れていた。

 一階のレストランには、彼らの母コーネリアス(ココ)、天喜あまき、政治家のスカー、ラピスとその6歳の娘イリス、そして黒馬亭を切り盛りするフレアおばあさんの笑い声が響いている。


 食卓には、苺とブルーベリーで飾られたケーキ、チキン、キッシュ、オードブルが並んでいた。彼らはフレアおばあさんと天喜が手がけたご馳走を囲んで、ココが話る『レインボーヘブンの伝説』の続きに聞き入っていた。

 幼い時のゴットフリーとココの別れや、特に黒白こくびゃくの天使の正体が明かされた時には、迦楼羅は興奮を隠せなかった。


「話を聞いている間はドキドキしたけれど、最後の審判で光の側に天秤が傾いたのは、本当に良かったわ。そして、ついに邪心の女神から解放されたゴットフリーがレインボーヘブンを蘇らせる時が来たのね!」


 けれども、グウィンは黙り込んで何かを考えていた。それに気づいた迦楼羅が言った。


「グウィン、どうしたの?そんな浮かない顔をしないで、もっと嬉しそうに笑ってよ。」


「迦楼羅はいつも楽観的すぎるよ。レインボーヘブンの七番目の欠片がまだ見つかっていないじゃないか。僕は続きを聞くまでは、安心はできないんだ。そう簡単にはレインボーヘブンは蘇らないと思うんだ」


「もうっ、グウィンってば、本当に心配性なんだから」


「ゴットフリーさんと、タルクさんがここにいれば、僕だって心から笑えるのに。彼らがいないってことは、何かが起こったってことじゃないのかな」


 その時、一瞬、表情を曇らせた天喜を迦楼羅は見逃さなかった。隣に座っていたラピスを天喜の方に押して言う。


「ほら、ラピス、ちゃんと天喜の相手をして!」

「何で俺が……」

「いいから、腕の見せ所でしょ」

「お前な……」


 いつもラピスから離れないイリスが、今夜はグウィンにぴったりと寄り添っている。常々、ラピスと天喜をくっつけたいと願っていた迦楼羅は、これも好都合だと喜んでいた。

 しかし、グウィンにとっては、


 ”ここにあるわ”

 ”ひかりのつるぎよ”


 虹の丘でのランチの後に、丘の一角を指さしてそう告げてから、急に彼に懐いてきた少女 ― イリス ― は謎だらけだった。


 その時、黒馬亭の扉が開き、背の高い男が入ってきた。食卓にいた全員が、一斉にその男に目を向け、一瞬、空気が硬直した。


 漆黒の瞳。それと同色の艶やかな長い髪を後ろで一つに束ね、前髪がさらりとかかった顔は息を飲むほど美しい。かつては双子の姉の天喜とそっくりだった顔は、昔の面影を残しながらも、今は彼の方が精悍に見える。


 かつての夜叉王であり、今はセブンズアイル島の西の山を守る警護隊の長。誰となしにその場にいた者が彼の名を呟いた。


伐折羅ばさら……」


だが、頬を上気させた迦楼羅の一言が、緊張した空気を一気に明るくさせた。


「父さん!やっと来てくれた!」


 喜び勇んで迦楼羅が伐折羅に駆け寄る。グウィンも久しぶりに会う父との再会に心が躍り、はにかみながらも嬉しそうだった。


「少し会わないうちに、二人とも大きくなったな。16歳の誕生日おめでとう。」


 伐折羅は子どもたちの頭を優しく撫で、妻のコーネリアスに向かって苦い笑いを浮かべた。


「何を企んでるんだか……。お前、『レインボーヘブンの伝説』を二人に聞かせてるんだって?後生だから、尾びれや背びれを付けずに話してくれよ」


「失礼ね。私は真実しか言わないわ」


 ココは心外だとばかりに、伐折羅に目を向けて笑みを浮かべたが、そこにグウィンが父のために椅子を運んできた。場の雰囲気は和やかになり、久々に集まった親子の姿に、その場にいた面々はつい見とれてしまった。


 天喜が伐折羅のために料理を取り分け、彼がテーブルにつくと、ココが黒馬亭に集まった面々をぐるりと見渡し、


「それでは、『レインボーヘブンの伝説』を最後まで語り終えてしまいましょう。至福の島がどう蘇ったか、女神アイアリスの末路や、ゴットフリーが残した双子へのメッセージも含めて、私はすべてをあなたたちに嘘偽りのない真実を伝えるわ」


 そう言うと、ココは話の続きを語り始めるのだった。


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