第76話 生還

 砂粒になって、消し飛んだと思っていたタルク。だが、

「ジャン、余計な力は使うなと……」

 と言ったものの、ゴットフリーはすぐに口をつぐんだ。


 矛盾している。


 タルクの無事な姿を目の当たりにして、心の奥で歓喜の声をあげている自分は。


「あ~あ、その顔! お前って相変わらず融通が効かないんだな。安心しろよ、僕はタルクにレインボーヘブンの復活を妨げるほどの力は使ってないし。でも、そのくらいの力でも数年なら普通に生活できる」


 いぶかしげな灰色の瞳。その視線を真っ向に見据えてジャンは言う。


「まぁ、一度砕けて砂になってしまった体だ。10年後も生きてるかって聞かれると、保証はできないけどね」


 それを聞いてタルクは笑う。


「ははっ、たとえ、そうであっても、一度死んだ命におまけがついたと思えば大満足だ。俺はやり残したことをしっかりとやり遂げて、あの世に行くぜ」


 するとラピスが、焦って言った。

「おいおい、笑いごとじゃないだろ。タルクが10年くらいの消費期限付きだなんて、天喜あまきが聞いたらどう思うだろう。泣いちゃうかもなぁ……」


「おいっ、天喜に余計なことは言うなよ! ……それより、あいつらは……天喜と伐折羅はどこへ入ったんだ?無事なんだろうな」


「いや、お前が石にされた後……俺が光の巫女の祠を飛び出したとたんに、天喜の気配が消えてしまったんだ。入れ替わりに何かが弾けて……あの激しいオーラは天喜が身ごもっていた”命の鼓動”……だったように思うんだけど……」


「はぁぁ? 天喜が身ごもってた? 命の鼓動?」


「ああっと、ええっと……モノの例えだ。気にすんな」


 ラピスは大慌てで言葉をすり替えた。タルクに言えるもんか。お前の恋する天喜の相手が弟の伐折羅で……おまけにあれは彼らの心が触れ合ってできただけの命で……だなんて、ややっこしすぎるぜ。


 黙していたゴットフリーがその時、声をあげた。


「いや、気にしないわけにはいかない。事実、俺はアイアリスが作り出した異世界で、その命の鼓動……に会っている。― 天喜と伐折羅と、海の鬼灯が、融合した時に現れた最後の審判者”黒白こくびゃくの天使”― だが、俺の魂の審判に失敗し、元々の姿を取り戻した時、あれは告白した。『私はレインボーヘブンの欠片”空”で、自分が現れたことで、天喜と伐折羅はもとの人間に戻った』のだと」


「はぁぁ、何だそりゃ? で、当の天喜と伐折羅はいったいどこへ……」


 その時だった。黒馬島の海岸に二つの影が現れたのは。

薄曇りの空に一条の光が差し込んでいた。その光に取り巻かれた二つの影は、見る見るうちに形を成し、ゴットフリーたちに向かって波を蹴りながら駆けよって来た。


 二つの影が目の前までやってきた時、タルクは歓喜の声をあげた。


「天喜、伐折羅っ!」

「タルクっ! 粉々にされたと思っていたのに」


 タルクは、満面の笑みで真っ直ぐに胸に飛び込んでくる少女をがしと受け止め、その後ろで、迷いがちに立ち止まる少年の腕をぐいと引いて、二人一緒に抱きしめた。


「お前らも無事だったんだな。良かった、良かった。本当に良かった。女神さまって奴には散々な目に遭わされたが、こればっかりは神様に大感謝だ」


 ……が、タルクは彼らが駆けてきた先に目をやった時、思わず我が目を疑ってしまった。


「……女神じゃなくて、今度は天使さまが現れやがった」

 

 瞳は、柔らかな青。

 背にある二つの翼は輝く白銀色。そして、手には黄金きんの天秤を携えている。

 ゴットフリーに以前『神と呼ばれる創造主”作りだしたこの世で最も美しい生物クリーチャー』と言わせしめた、たよやかな白絹の衣姿。


「 あれは、何なんだよ。アイアリスが仕込んだ新しい敵かよ」


 戸惑うタルクにラピスが言った。


「敵なんかじゃない。俺には分かる。あの清廉なオーラは……レインボーヘブン。あれは、絶対にジャンのお仲間だ」


 天喜が微笑む。

「あれは、私たちのお母さん! お母さんが私と伐折羅をここに帰れるようにしてくれたのよ」


「はああっ? お母さんって、レインボーヘブンの欠片”空”か?! あれが?」


 すると、空に浮かぶ白絹の乙女は慈愛に満ちた声音で言った。


 ”ゴットフリーが過去を変えたことで、天喜と伐折羅は昼と夜に分かれる運命から解き放たれました。そして、レインボーヘブンの関わるすべての者の魂の審判を任された私の……これが最後の審判です”


 最後の審判


 女神アイアリスの仕組んだ異空間での出来事が脳裏に巡り、タルクの後ろでゴットフリーは眉をひそめた。


 まだ、あの審判を受けていない者がいるとすれば、それはただ一人。


 レインボーヘブンの欠片”空”が浮かぶ空の下。波打ち際にほのかに灯る白銀の光。そこに這いつくばるように座り込んだ女に、灰色の視線を向けながら、彼は言った。


「リュカ……いや、女神”アイアリス”」

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