第96話 虹の丘
レインボーヘブン。
その伝説の島が復活してから12年の月日が流れていた。
燕が空を高く翔けてゆく。
灰色の瞳の少年は、その長い尾の後を目で追った。
澄みきった青い空。柔らかな陽光を受けた木々からの木漏れ日が宝石のように輝いている。
温かな風が少年の銀の髪を撫でていった。
だが、彼の住む島がその伝説の至福の島であることは伏せられ、今の名前は、セブンスアイルという。レインボーヘブンの名はその復活に関わった、ごく一部の人たちの心の中にしまわれていた。
セブンスアイルの春の訪れは、どの季節にも増して美しい。
あと数日で16歳の誕生日を迎えるゴットフリー・グウィンは、自分が生まれたこの季節が好きだった。
「ふわぁぁ、今日も良い天気ねぇ。世はすべてこともなしってとこ」
グィンの隣で、双子の姉の
”美しい双子”と、彼らを見た者たちは目を細めたが、華やいだ雰囲気の姉と、透明感のある弟の容姿はそう似ているわけでもなく、二人はまるで印象が違っていた。
「グヴィン、ねぇ、グウィンったら! 呼ばれたら返事くらいしなさいよ」
ぼんやりと空を見つめていた弟に、姉は口を尖らせる。
「あ……何?」
「もうっ、しっかりしなさいよ。来年には外海の島への遊学が決まってるっていうのに。私が先に行っちゃうわよ」
「うん、迦楼羅がそうしたいなら、それでいいよ」
「ああっ、そんな返事が聞きたいんじゃなくって」
”なら、どんな返事ならお気に召すんだよ”と、グウィンは肩をすくめる。彼らの母でもある島主のコーネリアスと、側近のスカーが勝手に決めた遊学話だ。
具体的な場所は知らされてはいないが、歴史のある国がある島らしい。学ぶことも多いのは分かる。けど、僕はこの美しい島を離れるなんて、本当は嫌なんだ。
午前8時を告げる鳩時計の音が聞こえてきた。すると、二階から階段を下りてくる母の足音が響いてきた。
凜とした表情の女性。彼らの母のコーネリアスだった。すらりとした長身。短く切りそろえた紅の髪、涼やかな目元。腰に備えられた至極の
「迦楼羅にグウィン、今日は一年に一度の祝春祭。あんたたちも楽団の奏者に加わるんでしょ。さっさと広場に行かないと演奏会が始まってしまうわよ」
「ああん、この林檎、あと一欠片だけ、食べてからぁ」
「迦楼羅っ、グタグタ、言ってないで、さっさと行きなさいっ! 皆を待たすんじゃないの」
「ふ~んだ、母さんって、早く議事堂に行かないと、会議に間に合わないんじゃないの。こんな所で子どもを叱ってないでさ」
母と娘のズケズケとした言葉の応酬に、息子の方は冷や汗をかく。母さんには父さんだって、口じゃ敵わないのに……迦楼羅はチャレンジャーだなと。
案の定、こっぴどく母に叱られた二人は、早々に広場へ追いやられてしまったのだ。
* *
「母さんは、島の政治に忙しくて、私の言うことなんていつもスルー。こんなじゃ、いつまでも、私は”箱入り娘”のまんまだわ」
広場へ行く道すがら、悪態をつく迦楼羅にグウィンは『どう考えても、”箱入り娘”には見えないけど』と苦笑する。
でも……と、顔をしかめて、グィンは言った。
「確かに僕たちはまだ、母さんには一人前扱いはされてないね。だって、母さんはどんなに頼んでも、あの丘の登り口に作った石の扉を開いてはくれないもの」
「それって黒馬亭の近くにある”虹の丘”のこと? ”石の扉の向こうは神聖なんで、何人も入ってはならぬ”ってやつね」
「でもさ、僕たちがもっと小さかった頃には、よくあの丘に遊びに行ったよね」
迦楼羅はグィンの言葉に軽く首を傾げた。
「う~ん、よく覚えてないのよ。なんととなくしか」
「僕もはっきりとした記憶ではないんだ。けれども、母さんが、人の出入りを禁じてからは、誰も中に入れなくなってしまったけどね」
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