第95話 祝砲
”
その剣は光から生まれ、光の側にのみ姿を現す。
ココはその剣のことをよく覚えていた。
「嫌よ、
「そうすると困ったことになる。この剣にはしまうべき
「そ、そんなもん、闇とか光とか色んな”凶器”が出てくる兄さんの手の中にサクっとしまってしまえばいいじゃん!」
「俺の剣は凶器か」
相変わらず、こいつの口の悪いのは変わらないなと、小さく息をつくと、ゴットフリーは、
「なら、これはこうしておく!」
剣の刃を二人が座っていた緑の丘にぐさりと突き刺したのだ。
「あっ、剣が……」
丘の中に吸い込まれるように消えてゆく
「虹の剣はレインボーヘブンの”大地”に預けておく。その刃、その七色の光を求める者がこの丘にやって来るまで」
すると、ゴットフリーが示した場所から、虹の剣の刃を中心とした七色の光の波紋が広がりだしたのだ。
「ええっ!」
ココは、光の輪の中に見るゴットフリーの姿に目を見張った。黒い髪が白銀に色を変えだしたからだ。灰色の瞳までが銀の色を帯び、眩く輝いている。その姿はおよそ人とは思えない神々しさだ。
知らず知らずのうちに体が震え、ココは思わず座ったままで後ずさった。
そうしているうちに、丘の上に輪を描き出していた虹色の光は、光輪の間を狭め、七色の光の帯となって空に昇りだした。
「ソード・リリーの船が来る。虹の道標に導かれて」
西の海に小さく見えてきた帆船。ゴットフリーは丘の上に座ったままで、七色の光の帯が伸びてゆく方向を指さした。
指の先にある虹とゴットフリーの姿が重なって見える。心なしか彼の表情も夢現のように思えてきた。
「えっ、ええっ」
ココは、信じられない出来事に目をこする。これは気のせいだろうか、ううん、気のせいなんかじゃない。
「ゴットフリーっ、あんた、体が消えかけてるっ!」
徐々に透けだした兄の姿に叫ばずにはいられなかった。その瞬間だった。ココの脳裏に忘れかけていたレインボーヘブンの伝説の一節が蘇ってきたのは。
”レインボーヘブンは蘇る。その住民と七つの欠片がその地に集った時に至福の島は蘇る”
レインボーヘブンの七つの欠片。それは、”紺碧の海”
……最後の七番目の欠片が、どこにいるのか分からぬまま、私たちはレインボーヘブンを手に入れた。
けれども、
「私……分かった。レインボーヘブンの七番目の欠片、それが誰か、どこにいるか……分かってしまった!」
空気に溶け込み、今にも銀の光と同化してしまいそうな兄の背中に飛びつき、ココは叫んだ。
「駄目、ゴットフリー、あっちに行かないで! 消えてしまわないで!!」
妹の強い力が背中から伝わってくる。そして、ココと……双子たち ―
それらが己の鼓動と重なり体全体に伝わってきた時、ゴットフリーは、はっと我に返った。すると、消えかけていた姿が元に戻ってきた。
黒い髪に灰色の瞳。”人”であるゴットフリー・フェルトに。
ゴットフリーは夢から覚めた気分で、海を見つめた。紺碧の海が、ソード・リリーを乗せた船を波に乗せ、岸へ岸へと運んでくる。
虹の道標が導く方向へ。
「消えはしない。お前たちを置いてはまだ行けない」
背中から回された妹の手を強く握ると、ゴットフリーは言った。
「だが、覚えておけ。今、俺たちがいるレインボーヘブンは500年前に女神アイアリスに海に沈められた至福の島と同様、生まれたばかりの子供と同じだということを。守護神アイアリスはもうこの地にはいないぞ。この先、過去と同じ運命を辿るかどうかは、この島を統べる者次第。コーネリアス、お前には分かっているはずだ。その役割を担う者は俺ではなく、この幸せの島の未来を作り出してゆく者に委ねねばならないということを」
コーネリアスと本名を呼ばれ、ココは少しひるんだが、こくりと無言で頷いた。ゴットフリーは立ち上がり、妹の方を振り返ると言葉を続けた。
「お前が皆を率いてゆけ。ただ、一旦、上に立てば、のんびりと余生を楽しむことなど考えるな。常にリスクを想定し、異なる意見をまとめ、嫌われ者になる覚悟で命令を出す。上に立つ者は常に孤独だ。それを心せよ、それがお前の運命だ」
研ぎ澄まされた灰色の瞳には有無を言わさぬ力があった。けれども、ココは、意外なほどすんなりと兄の言葉を受け入れることができたのだ。自分でも不思議に思うほど。
「分かった。でもね、一つだけ、言いたいことがある。上に立つ者は孤独じゃないわ。私は、一人じゃ無理なことも、伐折羅や仲間たちと一緒に何とかする。産まれてくる子供たちもきっと、力になってくれるはず。レインボーヘブンを楽しみながら生きるっていうのが、私の信条!」
ゴットフリーは虚を突かれたように、妹の顔を見た。そこに自分とは別の場所から得た強さを感じたからだ。
「ほぅ、言ってくれる。ならば、その生き様をとくと見せてもらおうか」
明るく輝くココの瞳。
自分が思い描いたとは違う未来。
ゴットフリーは、妹の瞳の中に、レインボーヘブンの別の未来を見出した気がして、柔らかな笑みを浮かべた。
俺は幸福になることを諦めていた。いや、今にして思えば、自分にそう思い込ませていただけなのかもしれない。だから、すがるような気持ちでレインボーへブンを追いかけた。
その過程で出会った者たちとの時間がもう幸せだったのだ。
彼らとの旅に終着点などあるわけがない。だから、見つめていたい。人を、人々が紡ぎだす未来を。自分が幸せであり続けるために。
闇の中で立ちつくした時にでも、光を感じとれるように。
しばらくすると、丘の下から彼らを呼ぶ声が響いてきた。
「おーい、そこの兄妹、いつまで、丘の上で遊んでるんだよ。ソード・リリーの船がそろそろ港に着くぞ!」
「ゴットフリー、お前が出迎えないと、グランパス王国のお姫さんががっかりするぞ」
笑いながらやって来たのは、ラピスとタルクだった。
「悪い。ついつい、話が長引いてしまった。行くぞ、コーネリアス」
妹の手を引き、立ち上がるのを手伝おうとしたゴットフリーを手で制したのはラピスだった。
「待って。その前に俺、スカーからのミッションを遂行せねば」
「何よ、それ?」
「スカーがこの日のために、仕込んだ特注の矢をこの丘の上から射ってこいってさ」
ココに見てろよと小さく呟くと、ラピスはイチイの木で作った弓を前に構え、背中の矢筒から取り出した矢をそれに番えた。
そして、思いきり強く弓の弦を引くと、大声で空に叫んだ。
「あの虹の彼方まで飛んで行け! これが王女と俺たちの未来を祝う祝砲の矢だ!!」
射られた矢は、風に乗り、弧を描きながら、王女の船が帆をあげる西の海の上を渡っていった。そして、突然、爆発音を上げたかと思うと、空に色鮮やかな光の弧を幾つも描き出した。
澄んだ青空に広がる七色の花火。
その光は、一時、真下にある虹の道標と同じ空で輝いた。
町から空を見上げているのだろうか。次々と人々の歓声が響いてくる。
やがて、虹は花火の中に紛れるように姿を消したが、
七色の花火の光は、より明るく大きな光となって至福の島を照らし続けていた。
レインボーヘブン、その未来を、俺はずっと見守っている。
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