第88話 強さの絆

 西の海岸。

 伐折羅ばさらは慣れた手つきで黒馬を操り、海岸の裏山にある切り立った岩場までココを連れて行った。

 真っ暗な山道のところどころに点る松明の灯。伐折羅の後ろに乗ったココはこの道に見覚えがあった。


 黒い地層がむき出しの断崖絶壁。うっそうと暗いブナの茂み。時々、響いてくる野鳥の金きり声が木々の間を通り抜けてゆく……この今にもお化けがでそうな危うげな感じって。


「伐折羅、まさか、ここって、あんたが、”夜叉王”時代に、あのお馬鹿な盗賊たちを引き連れて根城にしてた西の山?! でもっ、黒馬島はレインボーヘブンと同化したはずなのに、何でここだけが元のままで残ってんのよ」


「僕に聞かれてもね……けど、どこもかしもが、うざったいくらいお綺麗なこの島で、こんなに荒れ果てた場所が残されているのは面白いと思わないか」


 別に面白くなんかないしと口を尖らせたココ。

 だが、

「僕はゴットフリーに頼んで、この場所にレインボーヘブンを守る自警団を作ろうと思うんだ。まだ、僕の元にいてくれる”お馬鹿な”盗賊たちと一緒にね」

 と、笑う伐折羅に、驚きを隠せぬ顔をした。


「あっきれた。盗賊が自警団だなんて」


「盗賊は辞めるさ。闇に片足をつっこんだ僕には、こんな満たされた場所に居場所がないと思っていたが、考えを変えたんだ。蘇ったばかりのレインボーへブンはそう広くもなく、外からの船が入れる場所も限られている。けどね、どんなに美しい場所でもやがて汚れをまとってゆく。それを上手く始末してくれる”裏組織”が必要なんだ。それは僕にうってつけの役割だとは思わないか」


 自警団、裏組織……幸せの島が復活して間もないっていうのに、随分、ぶっそうな話が持ち上がってきたと、ココは眉をひそめた。

 だが、もともと、レインボーへブンの平和は、黒馬島の盗賊たちが外海の敵を防いでいたことによって保たれていたのだ。


 なるほどと、ココは、

「うん! レインボーへブンを”裏”から守る役目は、あんたにぴったりだわ。それに今度は”裏と表”はきっと上手くやれる。だって、”表”にはゴットフリーがいるんだもん」


 喜々として言うココに、伐折羅は少し気が抜けてしまった。


「お前って意外と話が通じる奴だったんだな。絶対に糞みそに言い返されると思っていた」

「はあ? そう思うなら何で私にそんな話をしたのよ」

「何となく……ゴットフリーに話す前の予行練習……みたいなもんか……な」


 ココは意外に度胸がないのねと伐折羅を笑い、

「あんた、私のあざ名を知らないんでしょ。”サライ村の泥棒娘”とか”詐欺師の弟子”とか、ゴットフリーになんて最初は”ゴキブリ娘”って呼ばれてたんだから。 何なら、私も自警団に入ろっか?」


「呆れたな。お前、本当にゴットフリーの妹か?……一体、どういう育ち方してきたんだ」

「ふん、故郷のガルフ島で、ゴットフリーは島一番のお金持ちの島主リリアに拾われて、私は島で一番貧乏なサライ村で、一人で生きてきたっていうだけの話」

「へぇ」

「何よ、何か文句でもあんの!」

「いや、だからか、同じ兄妹でもゴットフリーは品があるけど、お前はがさつ……」

「あ~、伐折羅、ちょっと馬から下りなさいよ」


 下馬を促された時点で、伐折羅には覚悟ができていた。でも、負けてやるのも不本意だ。


 二人が黒馬から下りた瞬間だった。

 伐折羅の頬に少女のパンチが飛んできたのは。


 無言でかわし、ココの腕をとる。その時、勢いで二人とも転んでしまった。上に覆いかぶさって来た伐折羅の漆黒の瞳と目があってしまった少女は、


「うわぁ……」


 真下から見上げる顔は、少年とは思えぬほど美しかった。それに、意外と力が強い。心臓のどきどきが止まらない。


「うわぁんん。どうにかしてぇ」


 顔を真っ赤にして身をすくめたココ。すると、伐折羅は、


「あ……えっと、ごめん。すぐ退く」


 起き上がった二人は無言のまま、どうしてよいかと戸惑いながら、その場に並んで座り込んだ。

 夜空に輝くペルセウス座が瞬きながら、彼らを興味深げに見下ろしていた。


ココは14歳、伐折羅は18歳。レインボーヘブンの伝説に翻弄されなければ、お互いに会うこともなかった二人。


「あー、こほんっ、え……と、伐折羅ってやっぱり綺麗な顔してるねぇ。雑な私とは大違いで……あのね、私とゴットフリーが兄妹っていうのは、多分、何かの間違いだよ。だってちっともそんな気がしないもん」


「い、いや、お前って、ちょっとしたしぐさや口元がゴットフリーに似てるよ。それに……よく見てみると……意外と可愛い顔してるし」


「……あっ、それはどうも……」


 そう言った伐折羅も、言われたココも、ものすごく恥ずかしくなってしまった。考えてみれば、こんな静かな星空の下で二人きり、お互いを褒めあってるなんて、今までなかったことだったのだ。

 意識しだすと、心臓の鼓動が相手に聞こえてしまいそうで、余計に気まずい思いがする。だが、

  

 あー、ダメダメ、私らしくもない。


「あ、あのね、そろそろ戻ろうか。ラピスを一人っきりにしちゃったから」


 そう言って立ち上がった後、ココは伐折羅に言った。


「明日ね、私と村のみんなでラピスをこの島でも飛び切り綺麗なスミレの花が咲いてる丘に埋葬するの。私、やっと目が覚めたわ。ラピスは死んだ。もう、後ろばかりを見てはいられない。前に進まなきゃ。ラピスが残してくれたこの島を守るためにも」


 伐折羅は無言でうなづいた。


 目の前で気丈な笑顔を浮かべたココ。その強さの向こうに不思議な絆を感じながら。


* * *


「ラピスはどこだ?」 


 黒馬亭の二階で、ゴットフリーはタルクと顔を見合わせ、顔をしかめた。

 ベッドに寝かせられているはずのラピスがいない。おまけに、付き添っているはずのココまでが姿を消していた。


「まさか、ココの奴、そうとう混乱していたから、ラピスを連れてどこかに逃げちまったんじゃないだろうな」


 部屋中に溢れかえった花々を退けながら、タルクは窓の外を覗き込んだ。だが、外は暗く、ココ一人でラピスを運び出せるわけもなかった。


「あの娘が関わると、決まってろくなことがない。とにかく、この辺りを探すことが先決だ」


 そう言って、ゴットフリーが家の扉を開いた瞬間だった。


 外の暗闇に、無数の黄金きんの光が沸き上がったのは。

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