第83話 虹の行方

「レインボーヘブンの七番目の欠片”虹” 俺が? 馬鹿を言うな。ここにきて何を言い出すかと思えば」


 薄く笑うゴットフリー。


「おいこら、”ここにきて”とぼけるつもりか。 ガルフ島警護隊長ゴットフリーの瞳は研ぎ澄まされた灰色。髪は陽光にさらされると黒から紅色に変わる。それは皆が知っていることだ……それなのに、今のお前の瞳と髪は何色だ! 銀色に輝いているじゃないか! 僕は、以前、一度だけお前の髪がそうなったのを覚えてるぞ。黒馬亭を目指した警護隊たちがアイアリスに中海で惨殺されて、お前が闇の世界と決別した時のことだ。あの時、お前は怒りのあまり一瞬だけ正体を晒したな」


 真っすぐに見据えてくるとび色の瞳。ゴットフリーはその視線をはずすと波間に目をやった。中海に映る銀色の髪の男……彼自身の姿に答える術が思いつかない。

 するとジャンは、


「僕らが行く先々で空に現れ、僕らを復活の地へ導いた虹の道標、それは至福の島に思いを馳せるすべての人々だけではなく、闇に堕ちたうみ鬼灯ほおずきまでも安寧に導いた。闇と光を架ける者……ゴットフリー、お前がレインボーへブンの最後の欠片”虹”だ! まだ、神性を残していた女神アイアリスのとっておきの切り札だ!」


 長い沈黙があった。BWの意志を含んださざ波が風に乗り、二人を乗せた小舟を到達点へと運んでゆく。

 ジャンの体は薄れるのと入れ替わりに蒼の光を強く帯びだした。その光が神々しく舟の上に浮かび上がらせるのは二つではなく一つの影。もう、少年の姿はほとんどが透け、影をつくることさえ出来なくなっていた。


 中海の中央に着いた時、ゴットフリーは意を決したように口を開いた。


「俺には自分の真の姿がよく分からない。おそらく、黒の髪は闇の王、紅の髪は黒馬島で生まれガルフ島の島主に拾われた人間の子供、銀の髪はレインボーヘブンの欠片……その象徴なのだろうが……、俺のいる場所はどこにあるんだ? 俺はどこへ行けばいい?」


 ジャンは小さく笑みを浮かべた。


「自分の居場所が知りたいって? 簡単だよ。ゴットフリー、お前はどの場所にいる時が一番幸せだ?」


「……」 


「前に僕は、ココに僕の正体を問われた時に言った言葉がある。”花は花、水は水、人は生まれながらに自分の属する場所を知っている。それは自分が一番、自然体でいられる本来の自分の場所だ。だから、僕は自分がレインボーヘブンの大地であったことを疑ったことなんかない”って。これ、けっこう名言だろ。ゴットフリー、お前が人であることが幸せと思うなら、伝説にどう書いてあったって、運命の輪がどこへ転んだって、お前は人だ。人として生まれ人として死ぬ運命の!」


 自分の幸せ……ゴットフリーは考えてみる。


 ココの笑顔。村の人々、部下たち、島主リリア、至福の島。

 今まで、そんな人を守り、そんな人たちに幸せの地を与えるために生きてきた。

 けれども、


「俺は、自分の幸せを願ってもいいのか」


 別れ際に夜の風きりかが言った言葉が脳裏によぎる。


 ― ゴットフリー。私は、あなたの幸せを願っています ―


 そんな男に満面の笑みを浮かべて、蒼の光の中から少年が言った。 


「うん。いいと思う。お前は自分の幸せために生きろよ」


 ジャンが笑顔で握手のために差し出した右手に、ゴットフリーも手を伸ばした。

 けれども、握った手には感触はなく、握りこぶしだけがその場に残った。次の瞬間だった。目視できないほどの強い光で辺りが蒼に染まったのは。もう、ジャンの姿はどこにも見ることはできなかった。


 波と風とおびただしい樹木の香りが周囲を覆い始めた。怒涛のように胸に流れ込んでくる大地の息遣い。

 ゴットフリーはたまらず、胸を押さえながらその場に身を伏せる。蒼の光が少し薄れた時、彼が仰ぎ見た空には七色に輝く光が帯をかけていた。


 レインボーヘブンの虹の道標


 至福の島、レインボーヘブンは今、ここに蘇る。


 どこからともなく聞こえてきた声は、快活で明るかった。


「ゴットフリー、さようなら。でも、僕らはまた会える。……で、お前がそう望むなら、心底、それを願っているなら、きっと、僕らも」


 幸せになれるよ


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