第82話 復活の時 ~ レインボーヘブンの七番目の欠片
「舟は用意するにはしたが……レインボーヘブンを復活させるって……ゴットフリー、ジャン、お前ら、どうするつもりなんだ? こんな手漕ぎボートで、また旅に出るなんて言い出すんじゃないだろうな」
スカーを筆頭に黒馬島の中海の海岸に集まった人々は、狐につつまれたような顔をしている。
するとジャンが、
「だって、レインボーヘブンの伝説にだって書いてあっただろ。『至福の島はその欠片たちが力を取り戻し、その血を受継いだ住民がその地を訪れた時に蘇る』と。今がまさにその時なんだよ。500年前にレインボーヘブンが存在したのは、”この黒馬島”の”この中海”だ。僕は舟で中海の中心まで行き、そこで”大地”の力をすべて解放する。その時こそ、すべてのレインボーヘブンの欠片たちは本来の姿に還り、至福の島は、この地に復活する」
「で、でもっ、あの伝説は嘘っぱちだったって、ゴットフリーは言ってたわ! それに、七番目のレインボーヘブンの欠片がまだ姿を現してないっ。復活には七つの欠片が揃わないとダメじゃなかったの」
だが、まくしたてる少女にジャンは、何食わぬ顔をして言う。
「ココ、伝説っていうのは、ほとんどが嘘でも、あながち全てがそうってわけでもないって知ってた?」
「……わけ分かんない。とにかくレインボーヘブンの欠片”大地”のあんたが力を解放すれば、至福の島は復活するんでしょ。なら、中海に行くのはジャン一人でいいじゃないの。ゴットフリーまで連れてゆくのは止めて!」
「冷たいことを言うなぁ。ゴットフリーはレインボーへブンの道標だ。最後まで一緒にいてくれなきゃ、僕らが迷ってしまう」
「はあっ? 目ん玉見開いて、前を見なさいよっ。中海はすぐ目の前っ。迷う訳がないでしょうがっ!」
「何だよっ、人の姿でココと僕が話せるのもこれが最後っていうのに!」
ジャンの言葉にココは一瞬、口を噤んだ。そう、レインボーヘブンが復活すれば、ジャンは人としての存在を失くす。
「ゴットフリーは必ず、皆の元へ帰すから。それだけは約束するから」
「……でも」
ココはどうしたものかと眉をひそめた。
ゴットフリーといえば、妹からの”口撃”が自分に及ぶ前に、そそくさとスカーが用意した舟に乗り込もうとしていたが、ふと、海岸のラピスに目を向けると声を抑えて言った。
「お前は”樹林”ではなくてラピスか。俺だって、お前の弓矢をお前の両親に届けるなんてお断りだからな」
”俺が死んだら、遠くの島に住んでる両親に、この弓矢を届けてくれよな”
以前にラピスからタルクへ、そして、ゴットフリーに託された依頼。
「そう言われても、俺の力じゃどうしようもないことだし……」
困り顔のラピスと、不機嫌な顔のゴットフリー。
ジャンは無言で二人のやり取りを眺めていたが、
「ゴットフリー、行こう」
スカーが用意した舟に先にひらりと飛び乗ると、海岸にいるゴットフリーを手招いた。そして、ココに向かって笑顔で言った。
「ココ、最高の時間を有難う! 今まで、すごく楽しかった! たとえ、レインボーヘブンの大地に還ったとしたもお前と過ごした日々を僕は決して、決して忘れないよ」
その言葉にココは顔を紅潮させた。ジャンとゴットフリーを乗せた小舟が中海へと進みだした時、ココはあらん限りの大声で言った。
「私だって忘れない! ジャンは私の最高の友達よ、昔も今も、これからもずっと!」
* *
舟を中海に向かって漕ぎ出したジャンは、もう一度、海岸に集った人々にとび色の瞳を向けた。人の姿であるうちに皆の姿を心に焼き付けておこうと思ったのだ。
ココ、タルク、ラピス、
僕が大好きな人々。
……が、その時、海岸からこちらに手を振る人影を見つけて目を見張った。千里眼を持つジャンでなければ目視できなかったかもしれない少年の黒い影を。
「クロちゃん!」
レインボーヘブンの欠片”黒馬島”
ゴットフリーの命令で、自らの体を二つに分断したレインボーヘブンの欠片。
海岸に現れたのはクロの影だった。それでも、まだ、黒馬島の意識を強く感じることができた。それが嬉しくて、ジャンは海岸に向かって大きく手を振り返した。
「クロちゃん、大丈夫だ! 姿は消えても、クロちゃんの心は僕と一緒にレインボーヘブンの礎となって必ず復活するよ!」
残った力のすべてをふり絞ったのだろうか。一瞬、微笑むクロの姿が見えた。……が次の瞬間に空気に溶けるように消えてしまった。
「クロちゃん!」
今はさよなら。
「でも、すぐに僕らは会えるから!!」
出来うる限りの声をあげたジャン。クロの姿に気づかない海岸の人々が、ジャンの声に答えてこちらに手を振り返してくる。だが、ゴットフリーは背を向けたまま、そちらを振り返ろうとはしなかった。
「レインボーヘブンの欠片”
言葉とは裏腹に、ゴットフリーの表情に一抹の寂しさを感じ取り、ジャンは、しばし口を噤んだ。
舟は中海の中央に近づいてゆく。涼やかな風が波を起こし櫂をこぐ必要もなく舟は進む。気が付けば、淀んでいた中海の水は海岸の方からみるみるうちに透明度を増し、陽光に照らされた銀色の波が澄んだ蒼となった海を美しく彩っていた。
「BWが本来の姿に還ろうとしているんだな」
耳元に響いてくるさざ波の音。それは以前のように美しい声で歌うこともなく、ただ心地よい調べとなって風に運ばれているだけだ。
ジャンは少し泣きそうになってしまった。だが、彼は小さく首を横に振った。
だって、涙を流すことなんて何もない。僕らは自然の姿に還る。レインボーヘブンの欠片たちは、500年も待ち続けた望みをやっと叶えることができたのだから。
「なぁ、そうだろ? ゴットフリー。人の姿を失っても、皆の心から僕らとの思い出は失くなったりしないよな」
手前に座った男の顔を覗き込み、ジャンは問いかける。すると、ゴットフリーは研ぎ澄まされた灰色の瞳を輝かせ鮮やかに笑った。
「ああ、間違いもなくな。それより、ジャン、お前の体も薄まって、だんだん姿が見えづらくなっているぞ。お前もとうとう元の姿に還る時が来たんだな。この空気の清涼感、幸福感はどうだ! ……今まで俺たちが味わったことのない奇跡が、今、この時が好機とばかりに辺りを取り巻いている」
ゴットフリーに指摘されて、ジャンは透けて後ろの景色が見えるまでに薄れた自分の手元に目を向けた。
そうだ、僕ら、レインボーヘブンの七つの欠片は、今こそ自然の姿に還る。
夜の風”霧花”、紺碧の海”BW”、伐折羅と天喜の母”空”、ラピスの中にいる”樹林”、”黒馬島”のクロ、レインボーヘブンの礎 ―
そして、
ジャンは、手前にいる黒衣の男にとび色の瞳を向けて言った。
「レインボーヘブンの七番目の欠片”虹”」
そうだ。ゴットフリー、お前が導く道標の元に。
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