第78話 虹の剣

 グァァァアアア!!


 火竜の叫びが、波を激しく荒立たせる。

 よろい代わりの紅の灯を迦楼羅かるらに食われて、怪物の怒りは頂点に達していた。

 荒れた波に、ゴットフリー、タルク、ジャンは飲み込まれそうになるが、


「ジャン、サポートしてくれっ!」


「了解っ!」


 先頭に打って出たのは大男タルクだった。2m長の剣が、ジャンの蒼の光を受けて大波を二つに引き裂いた。タルクが叫ぶ。


「行けっ、ゴットフリー! お前の闇馬刀でをあいつを闇に葬ってやれっ!!」


 後に控えた黒衣の男に、絶大な期待が寄せられる。……が、


「悪いな。闇馬刀は闇ある場所から現れる剣。光の側を選んだ俺の手元にもう”あの剣”はやってこない」


「ああっ、予想はしてたが、やっぱりか!」


 目前の竜は鎌首を大きく掲げている。その喉元が徐々に膨らみだした。喉元に紅の灯が沸き上がってきているのは一目瞭然だった。


「あいつが紅の灯を吐き出したら、また同じことの繰り返しだぞ!」


 ジャンはタルクと顔を見合わせた。



 そう、同じことの繰り返し……たとえ、ゴットフリーが闇馬刀であの竜を斬れたとしても、人が悔恨の想いを持つ限りうみ鬼灯ほおずきはここに戻ってくる。



「ゴットフリー、何でそんなに落ち着いてんだよ! どうすれば、俺たちは海の鬼灯を消し去ることができるのか考えなきゃ!」


 途方にくれる二人。海岸の向こうでは、ココやスカーたちが心配顔でその様子を見ていた。たまりかねたラピスが矢を弓につがえようとした時、


「今の俺は、闇馬刀は持たないが」


 ゴットフリーが声を押し殺して言った。


「闇馬刀はすべての者と物を闇に葬る剣。その刀身は闇ある場所から現れる。そして、光の側を選んだ俺の剣は……」


「光の側の俺の剣?」


「そう、光ある場所から……いや、光ある場所にのみ現れる。イリスソード


 イリス? 虹の女神のことか? そりゃあ、アイアリスの親戚か何かか。


 今の今まで聞いたこともない名だった。タルクは腑に落ちぬ顔をする。だが、ゴットフリーは研ぎ澄まされた灰色の瞳を空に向けた。

 黒馬島の黒い大地を明るく照らす光。そう、それは遠いあの島、グランパープルの 水晶の棺の中に眠る女神ソード・リリーの祈りの光だ。


 ―  今こそがその浄化の力を使う時  ―


「黒馬島を照らす清涼の光よ! 我が求むるは七色の光刃」


  イリスソード!!


 ゴットフリーが叫んだ瞬間、火竜の頭上に七色の光が現れた。


 グァァァアアアアアア!!


 異変に気付いた火竜が空に向かって雄たけびをあげる。海から高い波しぶきが吹きあがった。その瞬間、七色の光は虹の帯を空に架けた。それらは七つの刃となり、火竜に降り注いできた。


「眩しいっ、目がつぶれてしまうっ!」


 正視できないほどの輝きに誰もが目を閉じずにいられなかった。ただ一人、灰色の瞳を持った黒衣の男以外は。


「哀れだな」


 一瞬、銀色に染まった男の髪に紅色の光が走る。それが、元の黒に戻った時、火竜の禍々しい姿はもう海にはなかった。ただ、海岸線に一筋、弱々しく光る紅の灯だけがちらちらとうごめいている。


 うみ鬼灯ほおずき……虹の刃に浄化されても尚、お前たちはこの世の未練を捨てきれないのか。


「その痛々しい心を癒すことができるのは、お前たちの生みの母だけなのかもしれない」


 海岸に座り込んだ女神アイアリス。ゴットフリーは、息を吐くと踵を返して彼女の方へ歩み寄っていった。

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