第73話 再会~水晶の棺
蒼の光が体の傷を癒してゆく。
そう、ここは異世界。どんなに粉々に引き裂かれても、いつの間にか幻想の中で肉体は復元される。だが、もぎ取られた手足が元に戻り、流した血が再び体の中で脈を打ちだしても、同胞の魂を闇に葬り去った虚無感は、ゴットフリーの心から永遠に消えることはなかった。
「ジャン、俺が光の世界を選んだ答えがこれか」
愚問と分かっていても、投げかけずにはいられない問い。
ジャンは、皮肉をこめた灰色の瞳を向けられた時、ぐっと唇を噛みしめた。
その時、日食の月の影に隠された太陽が急に明るく輝きだした。火の玉山の暗いシルエットが銀の光にかき消されてゆく。辺りの景色が一変し、それまでの岩肌が見る見るうちに大理石で作られた豪奢な壁に変わりした。
「エターナル城の西の尖塔……再びあの忌まわしい城へ戻ってきたというわけか」
見上げたはるか上……尖塔の最上階は光の眩しさで確認するとができない。けれども、その光から零れおちた銀の線が、ゴットフリーとジャンの手前に無色透明の長い階段を作り出していったのだ。
その光の階段を上りきった場所に、ゴットフリーの魂を量る最後の審判の審判者がいるのは明らかだった。
ジャンは、立ち上がらず、膝をついたままの黒衣の男に、
「ゴットフリー、ごたごた言ってないで、頼むから急いでくれよ。そうしないと、僕らレインボーヘブンの欠片たちの力が最大限になって、このままでは人としての姿が消えてしまう!」
少年の必死な訴えの意味が分かっていても、心の重さに体がついてゆかない。暗い想いを引きずったまま、魂の審判を受けてもその答えは”負”に決まっているのだ。
得るより失った物が多すぎる。
その時、一陣の砂塵が風に混じって頬を突き上げるように吹き付けてきた。すると、
「おいっ、ゴットフリー! お前、また悪い癖にはまって、拗ねてんのか? 俺が散々、言ってきた言葉を忘れるな。失う物もあれば得るものもある。失くした物でも強い絆があれば、きっとまた見つけることができる! ここまで困難を振り切ってきたお前が、今さら何を尻ごみしてんだ!」
「……」
野太い笑い声と同時に腕をぐいと強く引っ張られ、上を見上げたゴットフリーは、一瞬、あっけにとられてしまった。
太い腕の向こうから自分を見下ろしてくる大男。ごつい顔に顎髭。だが、どことなく憎めない表情。
今となっては懐かしすぎる風貌。
「タルク……」
その男は、ゴットフリーが全幅の信頼を寄せて旅を共にしていた部下……いや、同志のような者だったのだ。だが、彼は邪神アイアリスに石にされ、砕かれて砂粒となって、海の彼方へ吹き飛んでしまったのではなかったのか。
これも異世界が仕掛けた幻なのか? だが、ふと目の前にいる巨漢の右手の薬指に目を向けた時、
「タルク、その指、取り戻したのか。前に会った時には失くしていたのに」
すると、
「ああ、あの夜風と天喜のおかげで、俺は命拾いしたってわけで」
「……」
彼の言ってる意味がよく分からない。けれども、持ち前の勢いの良さで、
「ほら、行った、行った! 大丈夫だ。俺はお前の一の従者! この先、何があっても、この世がどっちに転んでも……だ」
ばぁんと背中を一つ叩かれた。その人の良さげで豪快な笑みが、いつも絶望の縁から堕ちそうになるゴットフリーの心に明かりを灯し続けてきたのだ。その後ろに控えた光溢れる少年と共に。
「分かった。そこまで言うなら、これは命令だ」
ゴットフリーはすっくと立ち上がると、タルクとジャンに声高に言った。
「お前たちは、この異世界が消えたとしても、決して……決して、俺の前から消えてくれるなよ!」
そして、ゴットフリーは身を翻すと、光の階段を駆け上がって行った。
* *
様々な想いが風と共に傍らを通り過ぎてゆく。体は軽いが、裏腹に心は重い。
それでも、異空間の空気に溶け込んだレインボーヘブンの欠片たちは、ゴットフリーの負の感情を癒そうとはしなかった。
今は、その心の痛みも闇も残しておく方がいい。
真の幸福を得るためには、この理不尽な世界を生きぬく強さが必要なのだ。
光の階段を上りきり、徐々に鮮明に目に映って来たエターナル城の尖塔の大扉を開いた時、
ゴットフリーは、氷のように鋭い眼差しを部屋の奥へと向けた。
水晶の棺。
光か闇か。
それは、至福の島、レインボーヘブンが蘇る場所を結審する最後の審判者が眠る、
この世で最も美しい光を放つ無色透明な直方体。
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