第72話 闇の癒し
「アアアアアッッッ!!」
襲い掛かってくる
「待てっ、ゴットフリーっ! 」
ジャンは、慌てて頂上に駆け上がって行った。
駄目だ!! そいつらを絶対に斬るんじゃないっ。だが、ジャンの焦りを見越していたかのように、紅の邪気が人の姿を取り始めたのだ。
「くそっ、アイアリスの奴っ、最後の最後にこんな
ジャンは忌々しさに唇を噛みしめ、拳の中の蒼の光を強めていった。ある者は手を差し伸べ、ある者は嗚咽をあげながら、それぞれの邪気が、それぞれが見せつけれる最も痛ましい生前の姿で、ゴットフリーに助けを求めてくるのだから。
『斬らないで、私の可愛いゴットフリー』
『隊長、私はいつまでも、あなたにお仕えしたかったのに』
『ゴットフリー様、恋文を書いたのです。この手紙、受け取ってくれますか』
リリア! ミカゲ! ……そして、名前を聞くこともなかった……あの宮使えの娘。
火の玉山の山頂に立つゴットフリーは、振り上げた刃を止めずにはいられなかった。
なぜなら、先頭に立つのは恩義ある養母。後に続く二人は、残酷無比な警護隊長と揶揄されていた彼を最後まで信じ、慕い、仕えてくれた召使たち。その背後の山道にも、ガルフ島警護隊や見知った顔の者たちが這い上ってくる。日食のわずかな光に救いを求めるかのように。
誰も救えなかった。
その想いが再び、ゴットフリーの心をかき乱した。
吹き上がる溶岩と襲い来る大波に飲まれて崩壊した故郷 ― ガルフ島 ― で、命を落としていった者たち。
それら、すべてが彼を闇の世界に誘うための負の記憶。たとえ、アイアリスの罠なのだと分かっていても、過去を思い出す度に耐えることの苦しさで、今いる世界を壊してしまいたくなる。
『可愛い私の宝物。お前が立派な島主になるのを見るまで、私は死んでも死んでも死にきれない』
おぼつかない足でやっと山頂へたどり着いた老婆が、ゴットフリーの方に両手を伸ばしてきた時、ジャンが、叫んだ。
「斬るな、ゴットフリー!! 海の鬼灯になった者たちを救うのは消し去る以外に術はない! そいつらは殺され続けることによって恨みの力を増してゆくんだ。その哀れな魂たちは僕が浄化する! 」
だが、ジャンをぎらりと殺気立った視線で制すると、ゴットフリーは一旦、止めた漆黒の刃を、頭上に再び高く掲げた。
「ジャン、余計な真似は止めろ! お前のおせっかいな光に、こいつらの魂を消し去られてたまるかっ! 俺は奴らを斬る! 邪気に成り下がっても、まだ人の姿を成す者はすべて闇に堕とせばならぬ! 殺され続けることで恨みの力を増すなら、俺は奴らを殺して殺して殺しつくす! 二度と汚れた魂が蘇ることがないように!」
漆黒の斬撃が命乞いをする老婆を一刀両断にした。
その後に続く若い召使を串刺した。
愛らしい笑みを浮かべて手紙を差し出す少女の白い手を斬り飛ばした。
何もしてやれなかった。誰も救えなかった。
「アアアアアッッアアッ!!!」
狂ったように叫び、火の玉山の頂上を駆け降りながら、邪気となった同胞に黒剣の刃を振るうゴットフリー。その後をジャンは成す術もなく追い掛けるだけだった。知らず知らずのうちに頬に涙がつたってくる。ゴットフリーとジャンは時として感情がシンクロする。
これは、あいつが流している涙。
それを思うとジャンは余計に悲しくなってしまった。僕はゴットフリーの代りに泣いているんだ。あいつは泣けないから。どんなに心が引き裂かれていても。
それを嗤うかのように、異空間にそびえ立った火の玉山のあらゆる場所から紅の灯が湧き上がり、彼らに向かって
殺意の一迅がゴットフリーの片足を切断し、吹きとんだ足から紅蓮の血飛沫が飛び散った。だが、痛みに顔を引きつらせながらも、黒衣の男は闇馬刀を振るい続ける。 鎌鼬に片腕を取られようが、一閃の傷を胸につけられようが、もうその斬撃を止めることは誰にもできない。
汚濁された同胞の魂を殺して殺して殺しつくす!
闇の癒しが必要なのだ。
今こそ闇と光が繋がる真価を問う時。
それでなければ、腐りきった至福の島の伝説に踊らされ、ここまで辛酸を舐めつくしてたどり着いた意味がない。
夥しい血にまみれ、胸には深い傷を負い、片足と片腕をもぎ取られ、それでも止まることを知らない。
漆黒の刃を握りしめたもう片方の腕を海の鬼灯の鎌鼬の風に切り取られ、うめき声をあげなげながら、地面に突っ伏した時、その後を着いてきた少年はやっと堪えていた言葉を彼に投げかけた。
「ゴットフリー、もう、いいだろ。そろそろ潮時だ」
ジャンの体から眩いばかりの蒼の光が迸った。
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