第71話 闇は闇へ
ゴットフリーとジャンが立っているのは、溶岩と大洪水と、襲い来る邪気の群れに飲み込まれて崩壊したゴットフリーの故郷の山 - 火の玉山 - だった。
馬鹿な……海割れの道を黒馬で駆け抜けて、僕たちが飛び込んだのは、エターナル城の西の塔のはずだったのに。どうして、この塔の中にあの火山が現れるんだ?!
黒い太陽から漏れ出した日の光が、彼らの困惑を嗤うかのように煌々と瞬いている。
「ゴットフリー!! 一体、これは何なんだ!?」
理不尽すぎる展開にとび色の瞳の少年が叫んだ。
「騒ぐな、ジャン。これは邪心の女神アイアリスが異空間に仕掛けた、俺の心を闇に呼び込むための魂の審判! あの女がこの場所が使わぬはずがないだろう」
皮肉な笑みを浮かべる男の腕には、漆黒の剣が固く握り締められている。
そうだ、エターナル城の西の尖塔の中に、ガルフ島の火の玉山があったとしても……ここはは闇の女神が作り出した異空間。それが、どんなに理不尽だとしても、今、僕たちがいる場所は火の玉山の頂上なんだ。
ごくりと息を飲み込むと、ジャンは下からせり上がってくる邪悪の予感に拳を握りしめた。戦いが始まる。どう抗おうとも、奴らと僕たちは再戦する。
紅の邪気!
* *
エターナル城の西の尖塔の中に現れた、ガルフ島の火の玉山。
「もう好き勝手にしろと言いたいところだが……
彼の表情は暗闇の中でよく分からなかったが、エターナル城の西の尖塔の消失からグランパス王国の崩壊は始まり、ガルフ島は、日食の日に火の玉山が噴きあげた溶岩と、押し寄せてきた津波に飲み込まれて海の藻屑になったのだ。
今、火の玉山の頂上に立つゴットフリーの姿は、月の影から漏れ出した日食の太陽に照らされ、外形だけが輝いて見えた。
漆黒から紅に変わった燃えるような髪の色がとりわけ強烈に際立っている。それ以外は暗闇に溶け込んだままで、彼自体が、ダイヤモンドリングに縁取られた黒い太陽のようだった。
ジャンは、その神々しくも禍々しい姿に思わず眉をひそめてしまった。
破滅の象徴。
その言葉に最も相応しいのは……西の尖塔でも火の玉山でもなく……
”ゴットフリー自身”なのかもしれないと。
それこそが、邪心の女神、アイアリスが彼に差し出したがっている闇の王としての称号なのだから。
一旦、暗い想いに囚われると、様々な悪い感情が胸に湧き上がってくる。
過去に、もし、エターナル城の西の尖塔にあった水晶の棺を”ゴットフリー”が開かなかったら?
レインボーヘブンの道標を求めて”ゴットフリー”が火の玉山に登らなかったら?
二つの島は崩壊しなかった……のでは……と。
だが、ジャンは、はっととび色の瞳を見開き、首を大きく左右に振った。
くそっ、僕としたことがっ、何やってんだ。
一瞬、はまり込みそうになった異空間の罠に、拳をぎゅっと握りしめる。
そうだ、だまされるな。僕は知ってる。ゴットフリーの本質が光であろうが闇であろうが、あいつの心には
「奴らが来るぞ! ゴットフリー、油断するな!!」
ムカデのような触手を持った何百もの化物が日食の太陽を目指して這い上ってくる。
割れた地面の隙間から何万もの紅の瞳で、じっとこちらの動向を覗っていた鼠たちが一斉に地上へ湧き上がって来た。
それらは、レインボーヘブンの豊穣の女神、アイアリスに海に沈められた黒馬島の盗賊たちのなれの果て。怨念の化身なのだ。
空は暗く山上に浮かぶ日食の太陽は9割が闇で、1割だけに光が差していた。けれども、異空間の時間は遅々として進まず、月の影は太陽を覆い隠したままで動こうとしない。そして、空の向こうからやって来る何億もの濁った紅の灯!
―
くそっ、この邪気を全部、僕の力で浄化して消してしまわなければ、光は永遠に戻ってこない。
ジャンは両手をぐんと手前に伸ばして拳の中に力をこめた。アイアリスに支配されたこの場所で大地の気をどれほど集められるかは分からない。それにここで、自分が持つすべての力を使い果たすわけにもゆかない。けれども、
「この場所が異空間なのは分かってる! だが、大地が命を慈しむ心には穢れはないはず!」
その声に呼応して足元が揺れた。ジャンはありったけの願いを込めて叫び声をあげた。
「異邦の大地よ! 心あらば、今、
ごうっと響いた地鳴りの音と共に、少年の手の中に眩い蒼の光が溢れだした。……がその時、
「ジャン、お前は、まだ、海の鬼灯に手を出すなっ!! 」
日食の山に立つ黒衣の男が、ジャンを引き留め、彼の愛剣の切っ先を眼下に向けて振り下ろしてきたのだ。
闇馬刀!
「奴らを消すな! 闇は闇に
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