第70話 海割れの道
ジャンの蒼の光が、真っ二つに切り裂いた異空間の海。
目も眩みそうな光が海の青波を吹き上げ、激しく散った飛沫が、空の碧と交じり合う。
それら微妙に異なる色が、最も勢力の強い”蒼”に取り込まれた時、左右に分けられた海の間に、長く伸びる浅瀬が現れた。すると、それが、ゴットフリーと白亜の塔との間を結ぶ海割れの道になったのだ。
割れた海の両脇には、海水の壁が、うねりを巻きながら立ち上がっていた。
「ふん。今更、驚きもしないが」
この少年の力は最強。底抜けにお人良しな性格でなければ、アイアリスに変わってこの世を崩壊させることもできてしまうだろう。
その時、風が頬をよぎり、ゴットフリーは、はっと視線を沖へ向けた。
風が俺を急かしてくる。この道を早く渡りきってしまえと。
海割れの道の両側には水の壁が防護壁のように高くそびえていた。……が、その向こうには、大量の波が押し寄せ、いつ決壊してもおかしくはなかった。
「ジャン、海を裂いたはいいが、この道、俺が渡りきる前に元に戻りはしないだろうな」
「へえ? いつもは自信過剰なゴットフリーにしては珍しく弱気な口振りじゃん。心配すんな、この波の壁を持ちこたえさせているのは、
少年を一睨みしてから、ゴットフリーは、海割れの道に一歩を踏み出した。その時ふと、足を止め、
「ジャン、お前、確か千里眼も持っていたな。この異空間の外に消えてしまった仲間たち……
「それって、あいつらが無事かどうかってこと?」
「……ああ」
「うん、多分だけど大丈夫! 僕の千里眼でもこの異空間から外の景色は見えないけれど、響いてくる沢山の命の鼓動は、はっきりと感じ取れるから。あ、でも、樹林とラピスのことは”僕”には分からない。それと、未だに姿を現さない”レインボーヘブンの七番目の欠片”が、いつ名乗りをあげてくるかってことも……ね」
意味深な口調のジャンにゴットフリーは皮肉っぽく笑ったが、
「レインボーヘブンの伝説では、至福の島、レインボーヘブンは女神アイアリスによって分けられた七つの欠片が集結した時に蘇る……か」
それ以上は何も語らず、彼は海割れの道を歩きだした。その歩が徐々に早くなる。皆は、まだ無事か。けれども、俺があの白亜の塔にたどり着き、魂の審判が闇側に下ったら……レインボーヘブンが闇に蘇ったとしたら……その時、彼らは?
そうだ、闇に触れてはならない。分かっている。分かっていながら、まだ、俺の心は闇の王の玉座を捨てきれていない。
ゴットフリーは、救いを見いだせない自問自答に深い息をついた。
すると、
「ゴットフリー、いい気分じゃないか! 吹き上がる海の壁に守られて海割れの道を行けるなんて! まるで神に約束された場所に皆を連れてゆく
ため息を吹き飛ばすような快活な声が、後ろから響いてきたのだ。
「
かつては、至福の島の王に
「止めろ。そんな言葉はとっくに死語に成り果てている」
その時、目前に湧きあがって来た黒い影。
徐々に形を整え、暗い嘶きをあげた黒馬の姿に、ゴットフリーは笑みを浮かべた。
威風堂々とした姿。その瞳はこの世のすべてを見下したように冷たく輝いている。
― シャドウ ―
闇の王の乗馬。そして、唯一、何の
「ジャン、着いて来い! あの白亜の塔の扉を蹴破るには、光より闇の力が妥当。だが、塔の中の澱みを取り払うには、何をおいてもお前の蒼の光が役に立つ!」
漆黒の
「分かってるさ! お前が着いてこいと言うなら、どこにだって僕は行く!」
ジャンはひらりと身をかえしてゴットフリーの後ろに飛び乗った。
* *
海割れの道を漆黒の馬が駆け抜けてゆく。
目指す沖の塔は恍惚とした美しさで白亜に輝いている。けれども、その内部には、腐りきった邪気が渦巻いているのだ。
そんなことは重々承知だった。だが、あの塔で待つ闇の女神と対決しないことには至福の島、レインボーヘブンは永遠に異空間の狭間にはまり込んだままなのだ。
「急げ、シャドゥ! 海割れの道が閉じてしまうぞ!」
ジャンが後ろを振り返り大声で叫ぶ。海を二つに隔てていた海水の壁が岸に近い所から徐々に崩れてゆく。
「まずいよ、ゴットフリー、このままだと、沖に着く前に海に飲みこまれてしまう!」
「ふん、やっぱりな。
ゴットフリーは、それ見たことかと、黒馬の腹を強く蹴る。
「ひでぇことを言うなよ。BWは一生懸命、頑張ってくれてんのに!」
「は!? 今更、お子様じみた気色の悪い台詞は吐くな。こんな上下左右の違いも分からぬ異空間で、誰が信用出来るものか。ジャン、ここでは、今、目前で起こることだけに目を向けておけ!」
黒馬の前に白亜の塔が迫って来た時、ゴットフリーは、力任せに手綱を引いた。
背後で波と波がぶつかり合う音が激しく辺りに轟いた。海に道を作っていた水壁が崩れたのだ。
疾風怒濤の海が背後から流れ込んでくる。
その瞬間、巨大な黒馬が軋んだ嘶きをあげた。そして、塔の扉を凄まじい勢いで蹴破った。
扉が木端微塵に吹きとんだ瞬間、黒い旋風がゴットフリーとジャンを塔の中へ押し込めた。
* *
「いててて……、シャドゥの奴、乱暴すぎるよ」
塔の中は全くの暗闇で視界に映る物は何もなかった。あの馬はまたどこかへ帰っていったのか?姿はもうなかった。……それにしても、
「ゴットフリー?」
ゴットフリーが近くにいることは、気配ですぐに察知することができたが、本来なら隣にいるはずの姿がどこにもない。足元から吹きつけてくる強い風がジャンをさらに不安にさせた。
邪悪の密度が酷く濃い。それに、塔の中にしては吹きさらしの荒野にいるようなこの虚無感は何だ?
その時、
「ジャン、こっちだ。上を見ろ」
頭上から響いてきたゴットフリーの声。
「上? この塔の? お前はそこか?」
戸惑ったジャンに、闇の中の声が小気味良さげに笑った。
「いや、俺は”この山”の頂上にいる」
その右腕に握られた黒刀の剣先から光が漏れだした時、男が指差す先に黒い太陽が見えた。
太陽にかかる灰色の
「ダイヤモンドリング!」
輝く日の光が、切り立った山頂の岩場に立つ男の髪を紅に染めていた。その光景に過去の記憶を呼び覚まされたジャンは、大きく顔をしかめた。
日食かっ……。畜生っ! 僕たちが最も思い出したくない光景をアイアリスは持ちだしてきやがったのか。
月の影が太陽を飲み込んでいる。
鳥達の奇声が聞こえる。地面が震えている。
そして、迫ってくる圧倒的な邪気!
それらはたまりたまった灰汁を日食の日に、この山に捨てに来るのだ。
ガルフ島の火の玉山に!
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