第69話 守護神たちの終の棲家
”水蓮”の姿をしたアイアリスが消え、再び光が戻ってきた異空間の空。
最愛の人の面影を自らの刃で切り裂いたゴットフリーは、寂しげとも諦めともいえぬ視線をそちらへ向ける。あの空を照らす明るさは、汚れてしまった女神がかろうじて放つことのできた光なのだろうか。
アイアリス、一切の光の存在を否定したお前が、今更、なぜ、光を放とうとする。
苦い顔つきでゴットフリーが指差した沖合の色は、浅瀬の淡い青とは対照的な濃紺を煮詰めたような色をしていた。
ガラスの切断部が幾つも折り重なったような刺々しい波。その時だった。海面を押し上げて、海の中から白い巨大な石柱が、轟音をあげながらせり上ってきた。
「あれは……っ」
ゴットフリーの靴底に隠れていたジャンは、瞬く間に形を整えてゆく巨大な建造物に、思わず声をあげてしまった。
「エターナル城の西の尖塔っ!!」
それは、グランパス王国の繁栄と滅亡の象徴。
そして、虚栄と邪悪を併せ持った守護神たちの終の棲家だったのだから。
* *
エターナル城の西の尖塔。
「
怒りを抑えきれない。沖に現れた白亜の塔に向かって、ゴットフリーは波をざぶざぶと蹴散らしながら歩き出した。
あの塔の最上階では憎悪と悔恨がどろどろに詰め込まれた ― 水晶の棺 ― が待ち構えている。
……そう言う俺も、あの尖塔の最上階で水晶の棺の中に眠っていた偽のレインボーヘブンの欠片に翻弄させられた一人だが。
過去の出来事が禍々しく脳裏を巡る。その時、
”ゴットフリー、ちょっと待てよ!”
頭の中にまたジャンの声が響いてきた。
「待ってたまるか。お前のいうことを聞いていたら何百年たっても、アイアリスとの決着はつかない。つべこべ言わずにさっさと俺の靴底から出て行け。お前がいつまでもそこにいると、足元が気色が悪くてたまらない」
ゴットフリーは、右足を乱暴に振るう。
”おいっ、止めろよ、そんなに揺らされると乗り物酔いになっちゃう”
「ふん、俺の足は乗り物じゃない。それに、誰がお前に傍にいてくれと頼んだ?」
そんな風にジャンを制し、沖に浮かび上がった西の塔を目指しながらも、ゴットフリーの灰色の瞳はどこか遠くを見つめている。
ジャンの心に不安が広がりだした。彼ら二人の心は不意にシンクロする。それは大抵、良くないことが起こる前触れなのだ。
”ゴットフリー、お前、どこを見ている?”
「俺は何も見ていない」
”嘘だ! 頼むから、暗い方向に目を向けるのは止めて、もっと明るい未来を見てくれよ!”
「明るい未来? 笑わせてくれる。それにどんな綺麗ごとを並べても、明日のことなど誰にも見えない」
淡々と波をかき分けて進むゴットフリーに、ジャンは大きくため息をついた。
こうなってしまうと、変に説得しようとする方が逆効果だ。ならば、
”分かった、分かったよ。なら、外に出てやるから、そのまま、足を下ろすな”
波の上に片足をあげたままで立っている姿は、ずいぶん間抜けている。けれども、ゴットフリーはジャンの言葉に黙って従った。
足元が軽くなったと同時に、波が激しく飛び散った。
目の前に現れた少年から目が眩むほどの蒼の光が迸っている。ゴットフリーは、眩しさに耐えきれず思わず後ずさってしまった。
「あっと、ごめんごめん、光量を落とすから、ちょっと待ってて。うん、これでいい。やぁ、ゴットフリー、何だかんだ言っても、靴底にいるより、こうやってお前の顔を見ながら話ができる方が、僕はいいや」
とび色の瞳をした少年が、いつも通りの笑顔を見せた。
”ジャン・アスラン ― レインボーヘブンの大地の欠片 ”
至福の島の復活が近づくにつれ、レインボーヘブンの欠片たちが次々に人の姿を失っていった。けれども、その
それも時間の問題か……心の奥で”人の姿をしたジャン”と再び会えたことにゴットフリーは安堵する。だが、ジャンは、
「けど、ゆっくり、雑談している暇はなさそうだ」
表に出れば、元の形に戻ろうとする力はさらに増大してゆく。今は何としても人型を維持していたい。
”人としての僕”が、やり残したことが、まだあるから”
ジャンは心の中で呟くと、白亜の塔の方向に右手をぐんと伸ばした。そして、高く声をあげた。
「蒼き光よ、大地の声よ!
我、声の元に虚構の海を切り開け!!」
それは異空間の嘘をすべて剥ぎ取る大地の咆哮。
海が真っ二つに分かたれたのは、ジャンの手から蒼の光が海面に鞘走った瞬間だった。
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