第48話 カンテラの灯
「頼む! ゴットフリー、後生だから、これ以上あの殺し屋たちをここへ呼び込まないでくれっ!」
そんな彼らを、闇の戦士を先導しながら巨大な黒い鳥の背から、夜叉王、
「あははは。名ばかりの警護隊。そんな可笑しな声で泣くと、かえって闇の戦士の狙い撃ちにあってしまうよ」
黒馬島の夜の守り手といっても、彼は天喜以外には優しさの欠片も見せようとはしない。
警護隊たちに脅し文句を投げかけてくる少年に、虐めるのは止めてやれよとラピスは顔をしかめ、
「おい、ゴットフリー、何とかしてやれよ」
ところが、黒衣の男は、無言のまま傍観を決め込んでいる。
「ちぇっ、放っておけか……」
その時、
「みんな、怯えるのはお止めなさい。大丈夫。闇を照らす光は、ほら、暗い海からも届いてきている」
「……えっ?」
警護隊たちは、ゴットフリーの隣で外海に向かって指を差した
「……光だ」
移動した黒馬島の跡に残った暗い海から彼らに届いた ―― 途切れ途切れの小さな光……けれども、それは、柔らかく空気の中に揺らめきながら、海路を見失った船を導く灯台の灯のように闇の中で輝いていたのだ。
目を凝らして見てみると、外海に、ぽつんと一つだけ残された家があった。
一階部分は、ほとんどが水没し波間に暗い建物の影が見えるだけだった。ただ、二階の屋根にある天窓から、明るい光がちらちらと揺らめいていた。
あれは……カンテラの灯……か?
「あんな大きな天窓のある家って? まさか……黒馬亭かっ」
「居住地は全部移動したはずなのに……何で黒馬亭だけが残ってるんだよ!」
彼らは、もう一度、海を見つめてみた。
すると、やけに、ふっくらした人物が目に映ってきた……戦闘とは無縁のゆったりとした雰囲気。……黒馬亭の留守番とくれば……まさかっ。
スカーが、堪らず絶叫する。
「あそこにいるのは、フレアおばさんだ! くそっ、役立たずの
* *
……が、それには、ジャンが珍しく反論し、
「スカー、クロちゃんのことを悪く言うのは止せ! みんな、もう一度、あの光を見てみろよ! この中にあのカンテラの灯を見て、ほっとしなかった者がいるか? みんなが、一仕事が終わったら戻ってゆける場所。いつも温かな食事を提供してくれる人。こんな修羅場だからこそ、クロちゃんは、黒馬亭とフレアおばさんをここに残して行ったんだ。どんなに殺伐とした戦いでも、最後まで戦う意思を持ち続けるのは帰る場所のある者だ。黒馬亭はここにいる者たちの最後の砦!
警護隊たちは沈黙する。
……が、その中の一人が突然、
「うわぁああああ、そうだよ! 温かい料理とベッド……ああ、最高だよ。俺は、やっぱり、あんな怪物どもを相手にするのは怖ろしい! 黒馬亭が最後の砦で、あのカンテラの灯がそこへ導いてくれるのなら、俺は、今すぐにでも黒馬亭へ帰りたい。たとえ、そこで死んだとしても、もう、いいんだ。癒されながら死んでゆくなら本望だ!」
それが、悪いことに他の気の弱い警護隊たちの心に伝播した。
「俺も行く! 俺も黒馬亭で死にたい」
「俺もだ!」
黒馬亭から送られる温かな灯を目指して、なりふり構わず、彼らはざぶざぶと外海の中へ入ってゆく。
「ちょっと待てっ! 待って、俺の話をもう一度聞けっ!」
「戻ってこいっ! そんな情けない姿で黒馬亭に帰っても、フレアおばさんにぶっとばされるだけだぞ!」
スカーやラピスの懸命の呼びかけにも、一度萎えてしまった心には届かない。
ジャンは戸惑い、遠慮がちに隣の男に問う。
「……ゴットフリー、どうする?」
外海に向けられた冷やかな灰色の瞳。
「死にたい奴は、好きなように死ね」
案の定だと、大きくため息をついたジャン。
「ただし、黒馬亭に癒してもらいたがっているのは、彼らだけではないようだがな」
「……えっ!?」
その瞬間に、ゴットフリーの背後の中海から ぶわりと夥しい数の紅の灯が沸き上がってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます