第47話 サンダーボルト

 黒馬島の暗い空を旋回する巨大な黒い鳥。

 その背の上で、地上から突然響いてきたバキバキという音に、伐折羅ばさらは顔をしかめた。


 何だ……? 


 ……の瞬間、彼の全身を総毛立たせた身をつんざくような轟音。咄嗟に黒い鳥の背に伏せた伐折羅の耳元に、夜風が警告を発した。



 ― 伐折羅! 黒馬島クロが移動するわ! それも紅の邪気に浸食された部分だけを残して。彼の邪魔をしては駄目。地上に降ろした闇の戦士を急いで上に戻して! ―


「お前、霧花きりかか? 黒馬島が移動だって?」



― 警戒態勢を整えるのよ! 島が移動したとたんに湧き出してくる邪気は生半可な数じゃない ―



 唸る地鳴りの音と、白い靄の中に轟く悲鳴のような轟音。

 それは、身を削る痛みに黒馬島クロがあげる苦悶の声にしか聞こえない。


 これは、ゴットフリーの意志か? 黒馬島の独断か? それとも、邪心の女神が仕掛けた罠なのか! 


 最愛の姉と自分が生まれ、育った故郷が眼下で崩れてゆく。伐折羅は唇を噛みしめた。

 けれども、その直後に響いてきた黒馬島からの決意のような咆哮。それが、夜叉王、伐折羅の心を奮わせた。


「黒馬島、体を捨ててまで、お前は行くって言うんだな。なら、その痛み、全部、僕がやつらに還してやる!」


 黒い鳥の背に立ちあがった少年が声高に叫ぶ。


「夜叉王、伐折羅の名において命ずる! 闇の戦士は全軍、上昇! 人型を溶いて、ここを離れる黒馬島に道を開けてやれ!」



 ぼぉと空虚な雄たけびを上げながら、人型の戦士が上昇し始めた。漆黒の鎧が煤となり空気の中に溶けこんでゆく。

 島を覆っていた闇が上へと動き出した。ただ、彼らが持つ槍先だけは実体を残したまま天上に浮かび上がり、必殺の刃を地上に向け続けていた。


 地上の揺れが小さくなるとともに、白い靄は急速に薄れた。黒馬島の咆哮が遠ざかる霧笛のように消えてゆく。

 残された大地に残る無数の亀裂。その下に紅の光が鞘走りだした。



 ― 黒馬島が消えるわ! 伐折羅、闇の戦士に攻撃命令を下して!! ―



 レインボーヘブンの欠片”夜風”が空気の中に身を翻す。その瞬間、地面を突き破って大量の紅の灯が空に噴きあがってきた。


 海の鬼灯!! 


 それはあたかも、身を裂かれた黒馬島の中で破裂し、噴出した汚れきった静脈瘤。


「闇の戦士! 黒馬島が残した大地は腐った肉。あの紅は澱みきった血液。そんなものはもういらない。ここから奴らを逃がすな!一匹残らず、闇に引きずり込んでしまえ!!」


 夜叉王、伐折羅の声が空に響く。その瞬間、上で待ち構えていた無数の殺意の刃が我先にと敵に挑みかかっていった。


*  *


「冗談じゃねえっっ!! 闇の戦士に取り巻かれたと思ったら、今度は黒馬島が移動するって?」


 激しく揺れる大地にへばりつくように身をかがめながら、スカーは空に向けて盛大に悪態をついた。


「どうせなら、俺らも一緒に連れて行って欲しかったのによっ。それは、ゴットフリーの意志ってやつか? 俺たちをびびらせてた闇の戦士が上に昇って行ったのは夜叉王、伐折羅の命令か? 奴らは、俺たち、警護隊の都合なんて考えたこともねぇんだろうがっ!」


 その時、轟音が鳴り響き、警護隊たちが這いつくばった大地の向こうが、ぱっくりと二つに地割れをおこしたのだ。

 裂けた地層の中に見えた幾つもの紅の瞳。その瞳がぎらりと輝いた瞬間、スカーの背筋が凍りついた。


 紅の瞳を持つ鼠だって!? それは、二度と会いたくもなかった紅の邪気。故郷のガルフ島を散々に食い荒らした張本人、うみ鬼灯ほおずきの本来の姿じゃねぇか。


「うわぁああああ!! 食い殺されるっ、助けてくれぇぇ!!」


 宿営地に向けてなだれ込んできた夥しい数の鼠の猛進に、警護隊たちが逃げ惑う。


「みんな、落ちつけっ! 落ちついて、俺の後ろに集まれっ!」


 スカーは即座にとっておきにしておいた器具マシーンを手元にとった。慌てふためく警護隊を尻目に、こううそぶく。


「こんなこともあろうかと、この宿営地の周りにゃ色々と工夫がこらしてあるんだ。さっき、ゴットフリーがあの極上の杖を使ったのも、ジャンが高圧電流を地中に逃がしたのも、もう、俺は了解済みなんだぜ。大地に流れ込んだサンダーボルトを俺が使い捨てにするわけないだろ」


 器具のスィッチをカチリと押すと、頬の傷を歪めてスカーは叫んだ。


「みんな、伏せろっ! 俺が変圧器に拾っておいた高圧電流が、あいつらに大感電を起こさせるぞ!!」


 その瞬間、焼きつくような閃光サンダーボルトが彼らの前に炸裂した。


*  *


 噴き上がった紅の閃光に、待ちうけた闇の戦士の矛先が挑みかかる。


 黒馬島クロが移動した後の上空では、海の鬼灯と闇の戦士が地獄絵のような光景を描き出していた。


 引き裂きあい、互いの残片を喰らい合う紅と漆黒。

 殺意と殺意が混ざり合ったまだらの渦が、阿鼻叫喚の叫びをあげながら膨張してゆく。


 そして、地上では―― 

 黒刀の剣と至極のレイピアで切り刻まれた鼠が、死骸の山となって積みあがっていた。


「あ~あ、敵を斬るなら海の鬼灯の姿の方が良かったのに、まさか、このレイピアで鼠退治をするとは思わなかったわ」


「そう言う割には、派手に”敵”を斬り刻んでいたな」


 心は剣豪の王女に乗っ取られているが、姿は妹のココだ。彼と背と背を合わせて剣を構えた少女の豪快な台詞に黒衣の男は苦笑する。


 一方、海の鬼灯に攻撃ができないジャンは、ラピスと共に防戦一方に回ってしまっていた。……が、その時、海岸の向こうの宿営地から稲妻のような轟音と閃光が沸上がったのだ。


「あの光はスカーの電撃かっ?!」


 ジャンの声に、ゴットフリーはちっと舌を打ち、


「ふん、何が一度きりのサンダーボルトだ。あいつ、しっかりと俺のおこぼれを拾ってやがる」


 その時、

「おおい、こらぁっ!! ゴットフリーはまだ、こちらの世界にいるんだろ! なら、今は鼠より、闇の戦士をどうにかしてくれっ! あんな怖気のする刃を向けられたら、普通の人間は耐えれねぇ」


 当の本人―― 宿営地から血相を変えたスカーが、松明を手にかざした警護隊たちを引き連れて、こちらへ駆けてきたのだ。

 それもそのはず、夜叉王、伐折羅に率いられ、空の 四方八方から勝鬨かちどきの声をあげる闇の戦士たち。それらのぼぉと響く雄叫びは、”皆殺し”の歌を奏でる大合唱のようにしか聞こえなかったのだから。


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