第45話 ソード・リリー(剣百合)

「スカーが作ってくれた杖の力は、確かに極上だったね。けど、これだけ威力があるのに、たった一度しか使えないなんて少し惜しい気がするな」


「分かるものか。あのスカーのことだ。ただで済ますわけがない」


 ジャンにそう言い、ふらつきながらも、ゴットフリーが立ち上がろうとした時、


「ちょっと、そこの二人っ! そんなに軽口を飛ばしていられる場合? 大切なお仲間をそっちのけで、あんな電撃をやってしまうなんて非常識、極まりないわ!」


 きつい声が背後から響いてきたのだ。驚いて振り向くと、そこに、紅の髪を風になびかせた少女が立っていた。


「ココ……?」


 姿は、お馴染みの元気がトレードマークの少女だった。けれども、ジャンは腑におちぬ顔をした。少女の瞳から凛と放たれた光に、地上の者とは思えないオーラを感じたからだ。


「反省しなさい! ”黒馬島クロ”が彼の廻りの電気を地中に逃がして、咄嗟に守ってくれたからよかったものの、あのままだったら、使、あなた方の巻き添えをくらって黒焦げになっているところよ!」


「クロちゃんが……」

 


 ― ジャン、お前、ラピスに言い訳なんかできないぞ”と、黒土の中から”クロ”が苦々しく囁く ―



 ……ゴットフリーを助けるのに夢中で、近くに倒れていたラピスの方にまでは、気が回っていなかった。


 ジャンはラピスに申し訳なくて、泣き出しそうな顔をした。だが、何も知らずに周りの騒ぎに気づいて、体を起こした青年ラピスは、


「あれ……? 俺、どうして、こんな所に倒れてんだ? それに何だか体中が痛いぞ」

 と、訳の分らぬ顔をしている。痛いといっても、逆流した緑の蔦に負わされた深い方の傷は、”樹林”の力で閉じられていたのだけれど。


 鋭い眼差しで睨みつけてくる少女をゴットフリーが制して言った。


「そう、きつくジャンを責めるな。俺とシンクロしたばかりに、こいつには周りの状況なんて確認する余裕もなかったのだから。それに、ラピスには”樹林”もついている。それより……」


 その瞬間に地中から飛び出してきた白い触手。それは、電撃の攻撃だけでは滅びずに、しぶとく、この世に留まる女神アイアリスの残骸。だが、少女は腰のレイピアをすらりと引き抜くと、それを一刀両断に斬り捨てた。


「ふん。まだ、とどめはさせていないようね。にしても、女神がこんな化物になるなんて、堕ちるにもほどがあるわ」


 白い触手が消えてゆく。光の巫女の祠の周りに、再び、明るく松明が灯りだした。


 煌めく瞳の少女を見据え、胸のすくような笑みを浮かべると、ゴットフリーはその名を呼んだ。


「ソード・リリー、”剣百合”のあざなを持つお前は、水晶の棺の中でおとなしくしているのは、やはり性に合わないか」


「ソ、ソード・リリーだって?!」


 ジャンは滅茶苦茶に焦った。


 おいっ、約束が違うじゃないか。


 ”ソード・リリー”こと、グラジア・リリース・グランパスは、女神アイアリスとの取引で、国と国民を守るために、生きながらにして光の女神となったのだ。

 そして、今は、ジャンが作りだした水晶の棺の中で、遠いグラン・パープル島から彼らを見守っていてくれているはずじゃなかったのか?!


*  *


「ラ、ラピス、お前、どう思う?」


 ジャンは、戸惑い、地面に座り込んだままの盲目の弓使いに問う。こんな時は、モノの本質を感覚で見抜いてしまう彼に聞くにかぎるのだ。


「おぃ……何で、グランパス王国のお姫様が、ココの体を乗っ取ってるんだよ!」


 むっと眉をしかめたラピスに、少女はつんと上目使いで、

「あら、乗っ取るだなんて心外だわ。私がそうしたわけじゃない。この娘が私を引き寄せたのよ。不思議ね、この子には高貴な魂を取り込む力がある」


 肩にかかった紅の髪をかきあげ、腰に携えたレイピアをすらりと横へなぎ払う。頬に浮かべる不敵な笑みは、元のやんちゃな小娘とは完全に異なってしまっていた。


 ゴットフリーが、さすがに見かねた様子で声をあげた。


「アイアリスに選ばれた娘だ。水晶の女神を引き寄せたとしても、不思議でも何でもないさ。だがな、その娘は俺の”妹”だ。あまりその体を無茶に扱うのは止めてくれ」


 すると、ラピスが、


「ええっ!? ジャン、お前、知ってたのか! 何で今まで隠してたっ。それにしても、選ばれた娘? 兄妹? ココとゴットフリーが?!何でそんなカオスなことになってんだよっ!」


 ああ、言っちゃったと、ジャンは小さく息をつく。


「まぁ、色々と説明するのも面倒だし……けど、考えてみれば、ガルフ島でも、ココは、アイアリスの分身のリュカにもシンクロしてたし、ソード・リリーとも同じことが起こっても不思議じゃないよね」


「あらまぁ、つくづく面白い子なのね。確かにこの娘の中にはみなぎる力がある。この至極の剣をふるうのにも、如才ないくらいに」


 彼らの会話に耳を傾ていた少女は、そう言うと、おどけるようにレイピアの切っ先を黒衣の男に向けた。


「……ねっ、お兄さまっ」 


 止めろとそれを目で制するゴットフリー。だが、ラピスは、


「ちょっとっ!! お前ら、俺をそっちのけに勝手に盛り上がんな……」


 その時、地面から沸上がってきた怖気がするような殺意。敏感なラピスはぞくりと足元から伝わってくる悪寒に身を震わせた。


「おいっ、ゴットフリー、これから、どうするつもりなんだよ。倒しても倒しても、敵はどこからか溢れだしてくる。持久戦だと、戦力の少ない俺たちには圧倒的に不利だぞ」


 ジャンと、ココの姿を借りたリリーが、一斉にゴットフリーの方に視線を向けた。黒衣の男は、黙ったまま、じっと何かを考え込んでいる。

……が、黒い大地に向かって低く呟いた。

 

「クロ……下にいるな」



 ― いるけど ―



「なら、今すぐ、俺の前に姿を現せ」



 ― ……困ったな。具現化すると、それだけ力が削がれてしまうっていうのに ―



 その直後に黒砂が舞いあがり、彼らの前に鈍い光が広がった。

 徐々にその光が人の姿を成してゆく。


 ゴットフリーの前に、しぶしぶ姿を現したレインボーヘブンの欠片、”黒馬島クロ

 けれども、勢いのある漆黒の瞳はしていても、その肌は透けて、今にも消えてしまいそうだ。少年の姿は痛々しかった。


 クロは顔をしかめながら、己のあるじに向かって言う。



 ― ゴットフリー、俺の体…… ”黒馬島 ” は、敵に巣食われて、今やパニック状態なんだ。その浸食を止めるだけで四苦八苦だっていうのに、そんな時に呼び出すなんて、一体どういうつもりなんだよ ―




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