第43話 到達せざる超越者①
邪心の女神、アイアリス。
絶対的な負の力に、”樹林”の清涼な精神が壊されてゆく。
「嫌だ……止めてくれっ!」
邪心の女神が放つ強い光輝に晒され、頭を抱えて座り込む。
「嫌だ。怖い。助けてくれ!」
”樹林”は叫び続けた。その
アイアリスを捕えていた緑の蔓は逆走し、”樹林”の手元へ伸びると、その腕を食い破った。
”樹林”! 落ちつくんだ。間違った言霊を唱えるんじゃない!”
足元から響いてくる
言霊の主を保護しようと、彼の体に入り込んだ緑の蔓。それが黒馬島の大地に助けを求めようと、彼の体を引きずり、触手を地中に伸ばし始める。
「ぐぁああああっ!!」
緑の蔓で地面に貼りつけられた”樹林”があげた声と、飛び散った血飛沫。
クロはうろたえた。巨大な女神が、そんな大地の欠片をせせら笑う。
― 相変わらず役立たずな”レインボーヘブンの欠片”
凄まじいまでの神気と邪気が、”樹林”と”黒馬島”、二つのレインボーヘブンの欠片を委縮させる。だが、アイアリスに抗おうとすればするほど、間違った方向へと誘われてゆくのだ。
女神のけたたましい笑いが、奈落の果てへの移動を急かす。黒い大地が激しく震えた。
― おや、忘れていたわ。”樹林”は、まだ、ここにいてもらわねば。でも、入れ物の
アイアリスの足元から沸き出た白蛇が、”樹林”に絡みついてゆく。滑った蛇体が、血にまみれた青年の喉元を締め付ける。苦しくてたまらないと、奥でラピスが声をあげている。助けたくても体が強張って動けない。”樹林”が唇をかみしめた時、
「……っ!!」
咽喉を締め上げていた蛇頭を、鋭い槍が一気に串刺しにしたのだ。やっと呼吸ができるようになって、"樹林"が上を見上げると、
「なるほど、スカーの作った杖は確かに威力があるな。だが、”樹林”といい、”黒馬島” ……”ジャン” ”
蒼の光に彩られた道に黒衣の男が立っていた。一瞬のうちに長槍に変化した杖を手に持ち、槍先でのたうつ蛇に冷やかな眼差しを向けながら。
ゴットフリー
灰色の瞳は、身を凍らせそうな冷酷な光を帯びている。だが、”樹林”は、今は、すがりつきたくなるほどの想いで彼を見上げた。
長く伸びた槍が、柄のスィッチを押した瞬間に手元に短く収納されると、ゴットフリーは、杖の機能の良さに満足げに笑った。けれども、すぐに真顔になり、震える大地を踏みしめて言う。
「”クロ”この場から、一歩も動くんじゃない。そして、”樹林”、お前は、もう目を閉じてラピスに戻れ。お前が暴走させた言霊は俺が負に還す」
そのとたんに、”樹林”は、ほっと息をつき、その場に倒れ込んだ。
血にまみれた彼の姿を目にしたゴットフリーは、ちっと唇を鳴らし顔をしかめた。そして、刃物のような視線を目前に向けた。
「己の
巨大な怪物と化したアイアリスは、灰色の視線に捕えられ、恍惚の表情を浮かべた。邪神のオーラを遮るように、ゴットフリーの足元に蒼の光が広がりだす。
……が、
「ジャン、俺に援護は無用だ。余計な真似はするな」
ゴットフリーは、彼の後を追ってくるであろう、とび色の瞳の少年に警告を与えると、負の言霊を唱えだした。
― 緑脈の鼓動よ、此処に還れ
我は闇の扉を開く者
森羅万象、如何なる法則も、我の前では逆流する ―
ゴットフリーが”樹林”の言霊を逆流させる。すると、辺りの空気の流れが変わった。
暴走し、”樹林”と”ラピス”を傷つけた緑の蔓が、再び、アイアリスの足元に集結した。その蔓が触手を巻きつけながら膝に昇り、腹を伝い、豊満な胸元まで這い上がってきた時、
― ゴットフリー、ここにいたの ―
愛おしげに微笑んで眼下を見下ろすと、邪心の女神は足元の男に手を伸ばした。
ゴットフリーは鮮やかな微笑みをアイアリスに返した。
太く変化した緑の蔓が、巨大化した女神の両の乳房を包み込む。その感触と灰色の瞳に見据えられる快感に女神が甘い吐息をもらした時、
「絞殺せ」
黒衣の男は冷酷な声で緑の蔓に命を下した。
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