第42話 反撃
邪念を感じながらも、アイアリスの神気に捕えられた”樹林”は、それには逆らえない。すでにラピスの自我は身を引きたがっていて、彼に成り替わろうとする”樹林”を止める者は誰もいない。……がその時、
「――!」
突然、黒馬島がごうっと
再び闇に閉ざされた海岸。すると、夜風の声が響いてきた。
”ラピス! レインボーヘブンの欠片”
石化した人間たちが黒馬島の大地に引き込まれてゆく。
一瞬、途絶えた盾の妖力と、夜風の声。揺れる大地。そして、闇の戦士の気配を感じ取り、再び自我を取り戻したラピスは、
「
……が、
― 片腹痛いわ! たかが欠片の分際で!―
黒砂から飛び出した白蛇 ― アイアリスの髪 ― が鞭のようにしなり、石化したタルクを一撃のうちに砕いてしまったのだ。
荒い砂粒が風に乗って、耳元を吹き抜けてゆく。
盲目の弓使いは、愕然と風の方向を追った。懐かしくて、暖かで、大きなオーラが、空へ飛び散っていってしまったからだ。
「タ……タルクっ! 畜生、畜生っ! あいつを砕くなんてっ……アイアリスっ、何てことをしやがるんだッ!」
ところが、その時彼が感じた、こちらへ向かって駆けてくる二つの気配。
光と闇……
「ジャン、ゴットフリー!」
再び地中から溢れだそうとしている妖光に、ラピスは焦った。
”アイアリスの顔を直に見てしまったら、いくら、あいつらでも、即、石にされてしまうぞ”
強い使命感に押し出され、”樹林”と”ラピス”の二つの自我が、同時に表面に現れたのは、後にも先にもこの時しかなかった。
黒砂から白濁した光と共に再び現れた盾。その中から、獲物に向けられる
開きかけた瞼をかたく閉じてから、二つの自我は心を合わせ、すばやい仕草で弓に矢を番える。そして、ありったけの力でそれを引くと、
― ラピスっ、まずはお前が矢を射ろ! その後のことはすべて俺 ― レインボーヘブンの欠片”樹林”― が請け負う! ―
盾の中心に、その矢を放ったのだ。
ギヤァアアアアアアッ!!!
顔面を射抜かれたアイアリスは、矢を付けたまま盾の中へ逃げ込んでいった。小振りだが神聖と呼ばれるイチイの木から作られた矢の力に、邪心の女神は怯みを見せた。
「ラピス、よくやった! 俺はこの時を待っていたんだ」
その瞬間、ラピスは、レインボーヘブンの欠片”樹林”に自分の体の主導権を譲り渡した。
固く瞼を閉じた青年が双眸を開く。
花緑青の瞳。
深く澄んだ視線が、怪物の盾を真っ向から見据える。
「逃がすものか! タルクたちの悔恨の想いと、ラピスが俺と完全に入れ替わるリスク覚悟で射てくれた弓の力を侮るなよ!」
”樹林”は、アイアリスが奥に逃げていった盾に向けて、彼の
―― 東方の蒼海、西方の霊峰、
北厳の大地、南空を渡る赤きアルファイド
我は豊穣の地の欠片。すべての緑青は我が命の拠点なり ――
玲瓏とした声に呼応し、漆黒の空に緑の光が鞘走った。
肩から腕にかけて浮かび上がる蔦の紋章。その体は、新緑の精霊のごとく瑞々しい若さが溢れている。
レインボーヘブンの欠片”樹林”は言霊に天地四方の力を呼び込むことができる。だが、それを発動するには、ラピスの目を開いて彼の命を削り、自分を外に解放する必要があったのだ。
盾の奥から、ごうっと苦しげな唸り音が響いてくる。樹林は、盾の中でに芽吹く緑の香を感じ取ると、あらん限りの声で叫んだ。
「 いでよ! 四神の盟約により集結せし命の葉芽!」
瞬間、盾の中から緑の蔓がうねりだしてきた。”樹林”の言霊の力を受けて、ラピスがアイアリスに射た矢 ― イチイの木 - が、彼女の頭部に根を生やして芽吹いたのだ。
グワアァアアアアッッ!!
おぞましい叫びが轟いた瞬間に、女神の顔面を突き破った蔓が盾の中から溢れだしてきた。そして、黒馬島の大地に強固な触手を広げていった。
それを見た ”樹林”は、即座に命を下した。
「
大地が大きく軋み、地中に根をはった緑の蔓が、盾の奥から獲物を引きずり出す。獣のような抵抗する威嚇の声。
だが、
盾の外へ引きずり出されたアイアリスの首は、強靭な蔓の鎖に繋がれた緑の繭のようだった。
「さて、これをどう始末してやろうか」
ゴットフリーとジャンが来る。”樹林”の胸にほんの少しだけ、誇らしげな感情がよぎっていった。
俺は……いや、ラピスと自分は、二人が危険に晒される前にアイアリスを封印し、彼らを守ることができたのだと……が、
― 笑止、笑止、笑止……人とも欠片ともつかぬ、半人前が生意気に…… ―
「……何っ!」
― メデューサの妖力を持つ盾の趣向はなかなか良いと思ったが、もう止すわ。つまらないのが分かったから ―
軋むような声とともに目の前に繰り広げられた光景に、弓使いはぞっと身をすくめ後ずさる。
緑の繭が……縦に、ゆっくりと大きく膨らんでゆく。やがて、伸びきった繭の上部が、伸びをするような長い手で引き裂きさかれた。
「……」
唖然と樹林は、上を見上げた。
そこから生まれ出た、眩いばかりの白い光を纏った巨大な女神。
……その姿は言葉にできぬほど美しく、この世のものとは思えぬほど醜かった。
一糸まとわぬ巨大な裸体は白いオーロラのように透け、夜明けの山稜を思わせる両の乳房に、虹色の光が現れては消える。
極上の線を描く腹。艶めかしく
”樹林”は声にならぬ声を胸の中であげた。
止めてくれ! その凄まじい裸体を俺の前に
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