第37話 ラピスの疑問
「タルク……大丈夫?」
「おいおい、今、大事なのは火傷なんかより、この祠のことだろ。燃やされた屋根はすぐにスカーと修理してやるから、お前は心配しないでお祈りとやらを続けてな。俺にはよく分からんが、光の巫女が呼び寄せる水晶の女神の恩恵ってぇのは邪悪を祓うけっこうなお守りになるらしいからな」
天喜はただ俯くだけだった。
「私の祈りはもう通じない。水晶の女神の光は、もうこの祠には届かない……」
「はぁ、お前、何、言ってんだ? ここの
「え?」
づかづかと祠の松明に歩み寄ったタルクは、ふぅとその芯に息を吹きかけた。すると、小さく燻っていた灯が再び、明るく燃えだしたのだ。
「ほら、なっ」
爆ぜる松明の灯に目を向ける天喜。祠の祭壇に祀ってあるレイピアからはすでに水晶の女神からの光は途絶えている。
なら、どうして……? 信じられない面持ちで、梯子を使って祠に上ってきた少女に視線を移す。
「ココ……?」
「あのさぁ、この剣って祀るより、やっぱり、こうした方がいいと思うんだけど」
祭壇からレイピアを手にとり、瞳を凛と輝かせると、ココはそれをすらりと手前に構えた。すると、宝剣の切っ先が再び明るく輝きだしたのだ。
少女の口元に自然にこみあがってきた不敵な笑み。天喜は、ココの周りに満ちてくる高貴なオーラに、
「タ、タルク……水晶の女神が……女神が……」
……が、
「タルク、ちょっと」
祠の下からのラピスの声がそれを遮ってしまったのだ。梯子を上がってくると、ラピスは言った。
「どうも、この周辺に嫌な歪みを感じるんだ。祠の修理には、ココにスカーを呼びに行かせるからタルクは祠の下でしばらく待機しててくれないか」
「歪み? そりゃぁ、ラピスが感じるなら相当怪しいし、ここを死守するのは俺の務めだと思うが……でも、待機って? お前はどうすんだよ」
「俺は天喜に話があるから」
「はぁっ? 天喜と話って、俺がいちゃあ悪いことなのか」
「うん。そういうこと」
にこりと微笑み、きっぱりと言い切った弓使い。盛大に顔をしかめたタルクの太い腕を、ココがむずと引っ張った。そのまま、祠の下に巨漢を引っ張りだしてから、人の悪い笑みで言う。
「タルク、諦めなさいよ。落ち込んだ女の子を慰めるのは、あんたよりラピスの方が百万倍も得意なんだから。私はスカーを呼びに行ってくる。だから、タルクはここをしっかり守ってて!」
* *
不満げにタルクが梯子を降りてゆく足音。それに耳に澄ませると、ラピスは、くるりと向き直り、まだ床に座りこんだままの天喜の傍に歩み寄って行った。
「天喜、そんなに哀しい顔をするなよ。タルクが言うように、まだ光の女神の恩恵はここに留まっている。俺にはそれが分かるから」
柔らかに微笑む青年の瞼は固く閉じられている。けれども、その言葉には絶対の信頼がもてた。
だが、
「それでも、私は
ラピスはぽろりと涙を流した天喜の頬にそっと手を触れて言う。
「大丈夫だって。あの王女はそんなことくらいで天喜を退けたりはしないさ。ソード・リリーは確かに高貴な精神の持ち主だったけど、普段は、ちょっと気の強いだけの女の子って感じだった。今は光の女神と巫女って関係だけど、この戦いが終わって普通の女の子として出会ったとしたら、俺は王女と天喜はきっと、いい友達になれそうな気がする」
「畏れ多いことを言わないで。私が王女と対等に話ができるはずがないじゃないの」
「固いなぁ、固いよ。天喜は生身の王女を知らないからそう思うんだよ。それに、心配しなくても、お前の光の巫女としてのオーラはちっとも損なわれていない。この俺の言うことなんだから、それは確かさ」
なっと、膝を折って顔を覗き込んできたラピスの声音は、絹糸のように柔らかく、曇る心に清涼な風を吹き込んでくる。これが島の女の子たちを惹きつけてしまう理由なのねと、少し可笑しいような気分になり、天喜が顔をあげようとした時、
「でも、俺が天喜と二人きりで話したかったのは、もっと別の、もっと個人的な話なんだ」
「……え」
突然、態度を変えたラピスを天喜は訝しげに見つめる。
「こんな壮絶な戦いの真っ最中に、する話じゃないかもしれないけど……やっぱり、天喜には、今、言ってしまった方がいいような気がして」
「一体、何なの? ラピスまで変になっちゃたの」
「いや、俺はいたって正常で真面目……」
いつになく戸惑った彼の表情に、天喜までが戸惑ってしまう。
「でも……俺の第六感って、分からなくてもいいことまで、見えてしまうことがあって……」
一瞬、言葉を切り、覚悟を決めたように前を見据えると、ラピスは言った。
「天喜……そのお腹の子って、一体、誰の子なんだよ」
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