第35話 極上の杖

 スカーがゴットフリーに差し出した杖の長さはジャンの腕ほどの長さで、普通の杖に比べると細身で、所々に切れ目があるのは伸縮が自在になっているようだった。

 漆黒の支柱と、透明感のある白石でできた持ち手が対照的な光沢を帯びている。歩行用にしては、その杖は妙に宝玉的な雰囲気を醸し出していた。


「さて、取り出しましたこの杖は、硬さは保証済み、材質は邪悪を祓いのける霊験もあらたかな黒壇こくたん。そして、手元には絶縁体の滑石かっせき」 


 喜色満面のスカーに、じれたタルクが、

「おい、口上はもういいから、とっとと機能を説明しやがれ!」


 その言葉に、頬にある傷をにやりと歪め、スカーは杖の手元にあったレバーをかちりと上にあげた。

 その瞬間、


「……!」


 激しい粉塵を舞い上げて、スカーの足元にあった岩場の石が砕け散ったのだ。割れるほど地面に食い込んだ杖は、二倍ほどに長さを伸ばし、黒光りする支柱を空にも突き立てている。


「ほぉ……長槍に変化する杖か。しかも、破壊力は凄まじいな」


 髪にかかる粉塵を払いのけながら、ゴットフリーが灰色の瞳を輝かせた。もともとは卓抜した剣の使い手であっても、優れた殺傷力があるアイテムにはやはり心魅かれる。


「気にいったか? こいつの効能は伸びるだけじゃなくて、レバーを元に戻すことによって縮むことにもあるんだ。ほら、こうすれば、手のひらに収まるサイズまで短くなる。その上だな、今度は取っ手にあるこのボタンを押すと……」


 海岸の面々の視線が、スカーの手にある杖の上に集中した。だが、


「いや、ここから先は、ヤバいんで見せれねぇ」

「おいっ、こんだけ盛り上げておいて、それか!」


 思わず拳を振り上げたタルクを脇においやり、スカーはそれをゴットフリーに差し出した。


「ボタンを押せるのは一度きり。押せば、この杖はを狙った獲物に打ちおろす」

「なるほど、電撃か」

「電圧は5万V。一度きりのサンダーボルトをどう使うかは、お前の自由」


 口角をにやりと上げたゴットフリーに満足げに頷くと、スカーは収縮させた”極上の杖”を彼の手に握らせた。


*  *


「あ~あ、男どもはみんな戦闘談義。ゴットフリーには無視されるし、ジャンやラピスまでピリピリしてて、いやんなっちゃう。うみ鬼灯ほおずきが大人しくしている今のうちに、みんな、休んどけばいいのに」

 

 警護隊の中では最年少の14歳。おまけにたった一人の少女 ― ココ ― は、松明の灯が爆ぜる海岸線を歩きながら、ふうとため息をもらした。蒼白い馬の襲撃で沢山の仲間が命を落とした。みんなが神経質になるのも無理はない。

 けど……、


 海の鬼灯は、人の恐れや恨みの心が大好きな邪気。怖がりすぎると、かえって、あいつらはそこをついてくるっつうの。


 仕方なしに、警護隊たちの詰所を過ぎた先の光の巫女の祠に足を向けた。ずっと光の巫女の祠に籠りっぱなしの天喜あまきを少し休ませてやろう。長い戦闘にはエコモードだって必要なのだ。


「それにしても、中海には相変わらず紅の灯がはびこってんのね。闇の戦士の力でも、あそこにいる奴らだけは追い払えないってわけ?」


 伐折羅ばさらの闇の戦士で覆い尽くされた漆黒の空と中海に浮かぶ澱んだ紅の灯。そして、海岸に立てられた松明の黄金きん色。

 黒馬島の今の勢力図をその三つの色で描くとすれば、この暗さ……今は伐折羅ばさらの闇の勢力が優勢なのか。


「けど、闇が勝ったって、めでたくも何ともないじゃないのよ」


 みんなが願っているのは光の中に輝く至福の島だっていうのに、光が出る幕など、どこにもありゃしない。この戦いが終わった後に、本当にゴットフリーはレインボーヘブンをを蘇らせることなんて出来るんだろうか。ココは訝った。すると、不意に黒馬亭の天窓の下で告げられたゴットフリーの言葉が蘇ってきたのだ。


 ”俺に代わって、お前が蘇るレインボーヘブンの統治者になれ”


「冗談じゃないわ! そんなこと天地がひっくり返ったって無理!」


 銀のロケットと交換にゴットフリーがココの胸にかけた金のロケット。それは二人が兄妹の証。けれども、それに目を向け、非難の声をあげた少女の戸惑いを嘲笑うかのように、中海の紅の灯の一角がちらちらと揺れた。そして、それらは海岸の近くに音もなく忍び寄ってきた。


*  *


 光の巫女の祠に入り込んだココは、困り顔の天喜に、からからと笑いながら言った。


「大丈夫だってば。ちょっとくらい天喜がお祈りを休憩したからって、どうってことない、ない! ソード・リリーって、ゴットフリーが言うように太っ腹な王女だったし、その証拠にまだ海岸の松明たいまつの灯はあんなに爆ぜてるでしょ」


 光の巫女の祠に祀られたレイピア。天喜の祈りが水晶の女神ソード・リリーの祈りと光を、その刃に呼び込み、レイピアの輝きから溢れる神気が黒馬島の松明の灯を途絶えることなく燃やし続けていた。


 祠の中で天喜は、ちょこんと床に座りこんで陽気に笑う侵入者の少女に、あきらめ加減で屈服した。


「仕方ないわねぇ、本当にちょっとだけよ」


 ふふっと笑みを浮かべる少女ココ


「それにしても、天喜は会ったこともない王女によくそれだけ献身的になれるね。ソード・リリーって、確か天喜と変わらない歳だっていうのに」

「え? それって、本当? 全然、知らなかったわ」

「そっか、じゃぁ、天喜は王女のことをもっと知りたいんじゃないの」

「え、ええ……まぁね」


 一瞬、戸惑った天喜の顔をココはくすりと笑って覗き込む。


「でしょっ。なら、教えてあげる……えっと、ソード・リリーっていうのはね、金の髪を三つ編みに束ねて、紫暗の瞳を輝かせた、それはそれは凛としたお姫様で、おまけに王宮で開かれる武芸大会の主催者になるくらいの剣豪。それが”剣百合ソード・リリー”ってあざながついた理由なんだって」


「へぇ……、剣豪なんて凄いのね。……それに、やっぱり綺麗な娘だったのね」


「うん! でなきゃ、ゴットフリーが彼女に目をかけたりはしないって。あ、でも、天喜だって綺麗じゃん。何たって光の巫女なんだもん」


 その屈託のないココの口調が、天喜の心をちくりと刺した。


 ゴットフリーに自分の命運とレイピアを託し自国の民を救うために生きながらにして、水晶の棺に入り女神となった王女。

 きっと、彼の心には壮絶な選択をし、その行方を自分にゆだねた王女のことが明確に刻み込まれていることだろう。


 多分、ゴットフリーは王女のことを一時だって、忘れたことはないはず。


 その時突然、胸に込み上げてきた煤けた思い。


 なら、私は……?


 だが、天喜は大きく首を横に振った。


 私ったら、何を馬鹿なことを考えてるのよ。

 今日の自分はおかしい。こんな風にソード・リリーのことを考えたことなど、今までなかったのに。


 そんな光の巫女の戸惑いを感じたココの口元が微かにほころぶ。


 この祠が陥落するのも時間の問題だねっ……と。


 そう言いたげな少女の瞳の中で、紅の灯が冷やかに輝いた。

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