第11話 夜風の懇願
「ココっ!」
レインボーヘブンの欠片”夜風”の黒いドレスの裾に隠され眠っていた少女。
「霧花、何のつもりだ! 紅の花園の香りで、お前までおかしくなっちまったのか!」
「正気よ! ……いえ、今の私は狂気と紙一重。この二年間のゴットフリーの想いを無駄にして、あなたが彼をここから連れ出すというのなら、私は迷わず、この
”夜扇”
それは、レインボーヘブンの欠片 ”夜風”である霧花の必殺の武器。それに縁取られた鋭い刃は硬い岩をも切り裂いてしまう。
捨て身の構えの漆黒の乙女に、ジャンは苦い視線を返した。
霧花は闇の住民だ。いざ、ゴットフリーに関わり出すと、相手がココでも、こいつは容赦がない……
畜生、ここは僕が折れるしかないのか。
「くそっ、分かったよ。分かったから、とにかく今は、その娘に物騒な刃を向けるのは止めろ」
夜扇を閉じた霧花を睨みつけながら、ジャンは眠るココの傍に近づいていった。その体を抱き起こすと、
「ココ、起きて。こんな場所にいつまでも居ちゃいけない」
ぼんやりと瞼を開いた少女。
「あ……ジャン」
少女の大きな瞳に見すえられて、ジャン声を荒らげた。
「ココ! 西の山に行ったはずのお前が、どうしてこんな所にいるんだよっ」
「……え、だって、
「伐折羅の黒い鳥……そこから落ちた場所がここだったのか」
「えっと、そうなのかな……いや、違うかも……」
まだ、眠気が覚めやらぬように、ぼんやりと辺りを見回す少女。その視線の先には見渡す限りの紅の色が広がっている。
「紅の花園……」
ココがはっと大きく瞳を見開いたのは、その瞬間だった。
「ジャンっ、ゴットフリーがいたの! 血まみれで……夢の中に。でも、アイアリスがやって来て、青い瞳で……。私、八つ裂きにされそうで、どうしよう……ゴットフリーが……ゴットフリーが死んじゃう」
「えっ、アイアリスがどうしたって?」
「え、あれ? あはは……周りでお花が揺れてるよ。ほら、ゆらゆら…ゆら」
駄目だ。絶対にこいつはおかしくなってるぞ。ジャンは顔をしかめる。すると、霧花が、
「紅の花の香りが感覚をおかしくさせているのよ。その娘が狂ってしまわないうちに、さっさとここを出てゆきなさい。この場所は普通の人間には酷い毒。それなのに、黒馬島の空で
なるほどと、ジャンはやっと事の次第が飲みこめた気がした。
ゴットフリーがアイアリスに囚われたのも、妹を助けるためだった。冷淡を装っていても、あいつは、いつもココのことを気にかけていた。ココの姿を見たことが、彼がアイアリスに閉じ込められていた長い夢を終わらせる切っ掛けになってしまった……というわけか。
「だがな、霧花、ゴットフリーは、ああ見えても普通の人間なんだぞ。いつまでも夢を見させたまま、こんな場所に置き去りにして、命が本当に尽きてしまったら、どうするんだよ。まさか、それでも黙って見ていろと言うつもりじゃないだろうな」
「そんなこと言うはずがないわ。だから、せめて、3日……3日間だけ、彼をここに留めておいて。あなた方はその間に伐折羅を探して!」
「伐折羅を? 闇の戦士を味方につけようっていうのか」
「そうよ。ゴットフリーの夢が消えば、アイアリスは、この世に降臨してくる。邪神の女神と紅の邪気に同時に襲われれば、いくら、ジャンの力が大きくても一人で守りきるなんて無理! 地上はジャンと
ジャンは一瞬、口を閉ざした。
……が、確かに彼女の言うことは理にかなっていた。
「分った……だが、3日だけだ。3日たてば、状況がどうであろうと、僕はゴットフリーを黒馬亭につれて帰る! だから、それまでは、霧花、お前が彼をここで守るんだ。何かあったら、許さないからな。その時は僕だって、冷静でいられるとは限らないから」
そう言ってみたものの、割り切れない思いは胸に残る。ジャンは、ココの手を引くと、傷ついたゴットフリーを見ないようにくるりと踵を返し、重い足取りで去っていった。
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