第12話 黒馬亭にて
「アイアリスが、ゴットフリーを夢の中に閉じ込めていたって?」
時計の針は、夜の10時をとうに回ってしまっている。
だが、黒馬亭の2階は、いつになく騒がしかった。部屋の中では、大男のタルクが苦虫を噛み潰したような顔をし、紅の花園から帰ってきたジャンは、むっつりとして頷き、やけにハイテンションになってしまったココが、自分の体験談をそこらここらの人にまくしたてていた。
タルクはすこぶる機嫌が悪かった。けれども、こんな場合の対処法はこれまでの経験から熟知していた。
取りあえずは落ち着いて情報を整理することだ。
「ココ! お前は、一度洗面所で顔を洗ってきてから座れ。そして、もっと、きちんと落ちついて話を聞かせろ」
彼らが全員、席についたことを確認してから、タルクはココに、
「ちっとは頭がすっきりしたか。……で、ゴットフリーが瀕死の傷をおって、紅の花園にいたっていうのは、一体どういう
「幻の黒馬だよ!」
「幻の黒馬?」
「
スカーが頬の傷を歪めて言う。
「捨て身になってねぇ……けど、グラン・パープルでのあいつの”闇の王”っぷりを見ていると、ゴットフリーは目前の目障りな敵を、叩き潰したいがために戦っているような気がするけどな。まぁ、百歩譲って黒馬島を守るためだとしても、アイアリスに夢の中に閉じ込められているはずのゴットフリーが、何で現実世界の黒馬島の空に現れるんだよ」
「あの黒馬は、闇と光の間を駆ける馬なんだ。おまけに黒馬島のご神体でもある。夢と現実の間を行き来しても、ちっとも不思議はないんだよ」
”不思議はないんだよ”と言い切るジャンにスカーは、冷ややかな眼差しを向けた。
この
吸っていた煙草を灰皿に押し付けると、スカーはため息と一緒に口に篭った煙をふぅと吐き出した。
ジャンは続ける。
「ゴットフリーが夢から覚めると、海の鬼灯だけではなく、邪神となったアイアリスまでがこの世に降臨してくると霧花は言うんだ。だから、今、彼を絶対に起こしてはならない。触れてもならないと。でも、傷だらけのゴットフリーをあんな怪しい花園に放っておけるわけがないじゃないか。そう告げると、霧花は三日だけ時間をくれと言った。そして、その間に僕らは戦闘態勢を整えて、伐折羅を探せとも」
「伐折羅を?」
「だって、邪神アイアリスと海の鬼灯に勝つためには、”夜叉王 伐折羅”が率いる、闇の戦士の勢力は絶対に必要だ」
「俺はぞっとするぜ。そんな絶対勢力の”夜叉王”と、夢から目覚めたゴットフリーが、また闇の王になって一緒に暴れたりしたら、黒馬島はグランパス王国の二の舞じゃねぇか」
ココが、それには血相かえて反論した。
「伐折羅は、今までゴットフリーと一緒に黒馬島を守っていてくれてたって何回言えば分かるのっ! みんなはあの子を悪くいうけど、私は今はそう思わない!」
「ふん、またかよ。ココ、お前はいつも敵側の人間とつるみたがる。グラン・パープルでは敵だったゴットフリーのファンクラブのメンバーになってやがったし」
「スカー、あんた、私にぶっとばされたいの!」
スカーに今にも襲いかかりそうな少女を慌てて、ラピスが腕で抑え込む。
すると、ジャンが、
「僕もココの意見には賛成したいけど……伐折羅の気持ちは未だによく分からない。ただ、一つ言えることは、暴走する闇の戦士を制御できるのは、僕らの中では、あの少年だけってことだ」
ラピスがココを制して言った。
「まぁ、ジャンの言うように、今やるべきことは、馬鹿みたいな仲間割れをしてるより、伐折羅を呼んで来ることだな」
「天喜、お前、伐折羅の居所を知らないのか」
けれども、タルクに話を振られた天喜は、
「何で、伐折羅のこととなると、いつも私に聞くのよ。以前とはもう違うの! 私は、私は……あの子の居場所なんて知らない!」
突然、声を荒らげた天喜に一同は戸惑う。それに、気づいてか、
「そ、それより、ココたちは、夕食もまだなんでしょ。私、フレアおばさんに言って用意してもらってくる」
天喜は、逃げるように2階の部屋を出て行ってしまったのだ。
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