第6話 闇と紅の戦い
「待って、ゴットフリー!!」
紅の髪の少女は渾身の想いを込めてその名を呼んだ。
「
けれども、伐折羅はその依頼を即座に拒絶した。
「無理だよ。理由は、あれだ」
大量の流れ星を蹴散らしながら、
そこにあるのは、すべての星々を飲み込んだ邪気 ― 海の鬼灯 ―
だが、黒馬が足を踏み入れたとたんに、黒い靄が紅の灯を食い荒らしていった。
跡に残るのは、暗くて深い空洞の闇。
それは、ブラックホールのように全ての物を飲みこみ、渦を巻きながら勢力を拡大してゆくのだ。
「あ、あれは……あの紅を全部消してしまったのは……まさか、闇の戦士?」
その侵食の凄まじさに、ココはただ震えるばかりだった。
「伐折羅! 闇の戦士って、あんたの配下なんでしょ? それなのに、どうして、近づくことができないのよ」
「僕は、この場所を離れるわけにはゆかない」
「何で!」
悔しそうに眉を歪めたココを見て、伐折羅は言った。
「こんな壮絶な闇と紅の戦いが、毎夜、毎夜、繰り返されているんだ。それを幻の黒馬に乗ったゴットフリーが指揮しているのは見ての通りだよ。けれども、彼らは、暴徒となった”闇の戦士”を残したまま、いつも不意に消えてしまうんだ」
「そんな……」
「配下といっても、”闇の戦士”は敵も味方も容赦なく闇に葬る烏合の衆だ。放っておけば、あの黒い靄は”紅の灯”だけでは飽き足らず、黒馬島にまで押し寄せてくる。僕は、黒馬島の夜の守り手として、この場所で彼らをせき止め統率せねばならないのさ」
ココはごくんと唾を飲む。その時突然、前方の空間が再び裂けて、幻の黒馬が彼らの横を通り過ぎていった。
「ゴットフリー!!」
頬を吹きぬけてゆく冷気。ココは、そちらに視線を向け、幻の黒馬に乗ったゴットフリーの風貌に背筋がぞくりと寒くなった。
額から頬に流れる血の間から、鋭利な刃物のような灰色の瞳がぎらりと輝いている。首筋、腕……そして、彼の右胸からも見るに忍びないほどの鮮血が迸(ほとばし)っていた。
どうして、ゴットフリーは、あんなに傷ついているの?!
「待って! ゴットフリー、こっちを向いて!!」
「無駄だ! 何を言っても、彼には聞こえない。幻なんだ。あれはゴットフリーの実体じゃない!!」
……が、
「……」
ココと伐折羅は、その瞬間、体が凍りついたように口を閉ざした。ほんの一瞬、鐙を踏みしめ黒馬の歩を止めると、騎乗の黒衣の男が二人の方を振り向いたのだ。
「ゴットフリー……」
だが、伐折羅の黒い鳥が大きく翼を羽ばたたかせたとたんに、黒馬は空間のひずみに姿を消してしまった。
やっぱり、あれは幻……。
ココは、伐折羅の言葉の意味がようやく理解できたような気がした。
「……あの胸の傷は、ゴットフリーの古傷だよね。私、エターナル城の迷宮で同じものを見たことがあるよ。でも、今日、見た傷は、あの時よりももっと酷かった。もし、あれが本当なら、私はゴットフリーが心配でたまらない」
当惑したココの言葉。
”ゴットフリーの右胸の傷”
それを聞くにつれ、伐折羅は沈痛な思いに胸を苛まれた。ふっつりと口を閉ざしてしまった少年。
「待ってよ……確か、あの傷って、伐折羅、あんたがつけたんじゃ……」
エターナル城の迷宮で、どちらかを選ばなければならなかった二つの扉。その間違った一方の扉を選ぼうとした時、ゴットフリーの胸の傷が酷く痛んだことをココは思い出してしまったのだ。
「”死にたくなければ近づくな”それが、夜叉王からの警告だ。……って、ゴットフリーは言ってた。けど、あの時の傷の痛み方はハンパじゃなかった。警告するにしても、何で、あんたはあんな酷い傷をつけたのよ!」
一瞬、伐折羅は口を噤む。
― 忘れられたくなかった……あの人に。闇の住民である僕の存在を ―
「そんなつまらない話をしている暇はないんだよ。”闇の戦士”が暴走して、黒馬島へなだれ込んでゆく前に猛り狂った奴らを封じ込めるぞ。”死にたくなければ、黒い鳥にしがみついてろ”それが、今、僕からお前に言える最大級の警告だ」
巨大に膨れ上がった”闇の戦士”が、殺意の衣を翻して目前に迫ってくる。それは、まるで刃を持った幾つもの黒い竜巻が合体して襲ってくるようだった。
暴走し、敵も味方も見境なく飲み込んでゆく狂った破壊者たち。
どうしようもない恐怖にココは身を震わせて、黒い鳥の首に身を伏せる。
「怖い。何でゴットフリーはあんなのを置いたままで消えちゃったのよ……」
伐折羅は、その様が面白くてたまらないように透き通った笑みを頬に浮かべた。
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