第4話 伐折羅とココ
綺麗な子……。
冷涼な黒い瞳を自分に向けてくる少年の姿に、ココは見入ってしまっていた。
西の山の盗賊たちは慌てて、
「も、申し訳ありませんっ。この娘がどうしてもお頭に会わせろって、剣を振り回すもんですから」
「ふぅん……で、この子、一人に脅されて太刀打ちも出来なかったわけ」
「こ、子供と思って油断してたもんで……」
盗賊たちの声は酷く震えていた。ココは、そんな彼らの態度に腑に落ちない顔をした。レイピアを鞘におさめ、巨大な黒い鳥の前に立つ少年をしげしげと見る。
この子が夜叉王? もっと怖々しい姿をしてるかと思ってたら、全然、イメージが違う。天喜と双子っていうと、今、18歳? けど、もっと若くみえるじゃん。
けれども、彼の深い夜色の瞳に見つめられると、どこか深くて遠い所へ連れてゆかれてしまいそうな気がした。ココは危なげな雰囲気に飲み込まれまいと、わざと空威張りな声を出して言った。
「あ、あんたが、夜叉王? ちょうど良かったわ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「へぇ、僕をあんた呼ばわりするなんて、随分、度胸のある奴だな」
夜を一層、深めてしまいそうな冷ややかな声音。
「お前、外海から来た連中の一人なんだろ。いくらよそ者だからといって、この西の山に勝手に入り込んで生きて帰れるとでも思っているのか」
「そ、そんな目をして、脅そうたって駄目! ふんっ、何よっ、あんたなんかより、ゴットフリーの方がずっと強いしっ。あの灰色の瞳の方がずっと迫力があるんだから」
「ゴットフリー? お前、あの人を知ってるのか」
やった。やっぱり、ゴットフリーの名を出すと、態度が変わった!
ココは伐折羅の変化に顔をほころばせる。
「知ってるも何も……」
その時、ココは、はたと口を閉ざした。“その先は、まだ誰にも言うな”と、ジャンに口止めされていたことを思い出してしまったのだ。
「えっと、あの……お友だちっ! そう、私とゴットフリーはお友だちなのっ」
「お友だち?」
そう言ったとたんに、伐折羅は
「馬鹿なことを。お前みたいな小娘とゴットフリーが友たちだって? それに、“友だち”なんていうのは、あの人に一番似つかわしくない言葉だ」
「あっちがどう思ってたって、私はそう思ってんの。それに、あんたの姉さんの天喜とは正真正銘の友だちだし、タルクは私の剣の師匠なんだからっ」
「天喜……それにタルクが師匠だって?」
その名を耳にしたとたんに、棘々しかった伐折羅の表情が変わった。
これを利用しない手はない。まがりなりにも、サライ村の泥棒娘と呼ばれたココだ。昔は詐欺まがいに村人を騙して金銭をせしめたこともあったのだ。
「そうなの。私、今はラピスとタルクと一緒に黒馬亭に住まわさせてもらってんのよ。黒馬亭って、あんたの実家なんでしょ。そういや、開かずの間になってた、あんたの部屋っていうのも、フレアおばさんと掃除しといてやったわよ。あ、天喜がね、伐折羅がいつでも帰って来れますように綺麗にしてねって。優しいお姉さんを持って良かったじゃん。……で、そんな風に、天喜のお手伝いをしたり、タルクに剣を習ったり、色々と忙しくって……」
その瞬間、ココは腰の鞘からレイピアを素早く引き抜くと、鋭い切っ先を伐折羅の咽喉元めがけて突き上げた。下目使いで刃先を見つめた少年の寸でのところで剣を止める。
「……で、こんな風に、とっても剣の腕が上がったわけ。さあ、このまま咽喉を突かれたくなかったら、さっさと、ゴットフリーの行方を教えなさいよ! あんたが、“幻の黒馬”を伐折羅の黒い鳥に乗って追いかけていったのを私は見てたんですからね、知らないなんて嘘は通用しないんだから!」
ふふんと、上機嫌にココが鼻を鳴らしたとたんに、遠巻きに様子を見ていた盗賊どもが、さらに2~3メートルも後ずさった。伐折羅はというと、自分の咽喉にあてがわれた鋭い剣の切っ先を白々と眺めている。
「なるほど、聞きたいことがあるっていうのは、ゴットフリーが乗った黒馬の行方か。けれど、咽喉を串刺しにされる前に、僕の方からも一つ、質問させろよ」
「え?」
「その宝剣は、生きながら水晶の棺に入りグランパス王国の守護神となった王女が、ゴットフリーに託した剣だ。何でお前がそれを持っている?」
「何でって、言ったって……ゴットフリーがお前が持っていた方がいいって、渡してくれたから……」
その先のことは、ココにも分からなかった。だが、その剣の柄は、握ると妙にしっくりと自分の手の中に納まるのだ。
ふぅんと呟くと、伐折羅は、
「お前って面白い奴だな。本気で黒馬の行方を知る気があるのなら、僕についてくるか。ただし、伐折羅の黒い鳥に乗れたらの話だけど」
鋭いレイピアの切っ先など無いもののように、くるりと背を向けた少年。
「ち、ちょっと、あんたね! 剣で狙ってる敵に背中を向けるなんて、どういう神経!」
……が、自分の足元が暗い靄に覆われていることを知った時、ココは、たとえ、レイピアのどんな手練れた使い手であっても、全ての脅しや抵抗はこの西の山では通用しないことを悟ってしまった。
闇の戦士。
灰色の靄が足元から膝へ這い上ってくる。それが、伐折羅からの攻撃の命を待ちわびるかのように、暗い熱気を放っている。
彼らの主 ― 夜叉王 伐折羅 ― に一太刀でも向けようものなら、多分、敵の体はこの戦士たちに闇の世界に引きずられていってしまうのだろう。
よくよく見てみると、彼らが取り残して行ったのだろうか、辺りには、体のない髑髏がいくつも転がっている。
やっと分かった。盗賊たちが伐折羅の前ではいつも青い顔をしているわけが。
「さっさとそんな剣は鞘にしまって、こちらへ来ないと、”伐折羅の黒い鳥”の気が変わってしまうよ。こいつは気難しいんだ。僕が一緒であっても、気に入らなきゃ、絶対に背に他の人は乗せない」
大冷や汗をかきながら、闇の戦士を足元から払いのけるココの方を振り向き、伐折羅はくすりと笑って言った。
「それとも、都合よく、この場で、闇に堕ちていってしまうか? 黒馬は”闇の王” ゴットフリーの乗馬だ。もしかしたら、お前の探している”幻の黒馬”は、もう、この世にはいないかもしれないのだから」
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