最終話 運命の輪
「ラピスを連れて行かないで! お願いだから!!」
ジャンは、すがるような瞳をして訴えかけてくる娘に、戸惑いを隠しきれない。
至福の島を復活させるために、レインボーへブンの欠片”樹林”が体から出てゆけばラピスの命は尽きてしまう。それが分かっていながら、この娘の手を振りほどいてもいいのか?
「ジャン! 何をやってんだ!? ラピスを迎えに行く気なら早くしないと、黒馬島が消えてしまうぞ!!!」
いつまでも動こうとしない少年に焦れて、タルクとスカーが叫び声をあげている。サライ村の住民たちは、すでに黒馬島へ乗り移ったのだろうか、もうほとんどが海岸の向こうに姿が見えなくなってしまっていた。
「おい、ジャン!!!」
再三にわたる呼びかけにも、少年は応じようとしない。たまりかねて、タルクが後戻りしようとした時、
「ちょ、ちょっと待てよ! まさか、あれって……」
海岸に居合わせた人々は、一様に驚いた表情をした。
波飛沫と舞い上がる砂煙。海岸を暗に染めながら、こちらへ向かってくる黒い影。
異様に密になった空気が疾風となって、その影を運んでくる。
蹄の音、高い嘶き、黒い
「
「おまけにあの背に乗っているのは……」
ジャンは黒馬の背に乗り、彼らの横を通り過ぎていった青年に目を見張った。
「ラピス!!」
「ジャン! 俺は行く。誰が何て言ったって!!」
振り落とされまいと、黒馬の首筋にしがみつく盲目の弓使い。その背で、銀の弓矢がきらりと輝いた。
「ラピス、行かないで!! 行けばあなたは、戻ってこない!!」
居住区の娘は泣きながら彼の名を叫んだ。けれども、漆黒の馬は波飛沫を高くあげて、黒い大地が見える方へ走り去ってしまった。
ラピス自身にも、黒馬の行く場所がどこなのかが分らなかった。だが、その行く先には、至福の島レインボーヘブンへの糸口があるに違いないのだ。
その後姿を見つめ、ジャンは唇をきりりと噛みしめた。
そうだよ。乗ってしまった運命の輪。僕らは、そこから降りる術を知らない。そして、それを知りたいとも思わない。
先に待つタルクと目をあわせ強く頷く。そして、ジャンは高く声をあげた。
「ごめん、もう僕は迷わないよ。だから、行こう、あの黒馬を追って!!」
タルクが形振り構わず走り出した。急がなければ、黒馬島が消えてしまう。
彼の後を追おうとして、ジャンは、はたと後ろを振り返った。海岸に膝をついたまま、目を泣きはらしている娘にとび色の瞳を向けて言う。
「お願いだから泣かないで。ラピスは必ず僕がここに返すから。あいつの両親にも約束したんだ。どんなことがあろうとも、その約束だけは守るから!」
にこりと笑みを浮かべた少年。けれども、居住区の娘が顔をあげたと同時に、くるりと体を翻して、黒い大地に向かって駆け出していってしまった。
大地が揺れている。
少年の姿が海岸の向こうに見えなくなった瞬間、グラン・パープルの廻りをかこっていた黒馬島が唸るように大きく隆起した。
砂埃が空に舞い上がり、黒い大地が白い靄に覆われていった。白と混ざり合った黒が灰色となり、空の蒼に溶け込んでゆく。
「黒馬島が消えてゆくぞ……」
グラン・パープルに残された人々は、祈るような気持ちでその跡を見送った。
すべての黒馬島の輪郭が消えてしまった後、グラン・パープルの空は抜けるように高く澄み渡っていた。
空の蒼に残されたのは、
陽光に煌く水晶の峰。
その頂から、一筋の光が東へ向かって迸った。
”レインボーヘブン”
輝く光が蒼天の空を駆け抜けてゆく。
それは、水晶の棺の中に眠る乙女の想い。
* *
地上を照らすは穢れなき光
乙女の祈りに見守られ
望郷の想いは天を馳せる
すべてが生まれ、還る場所に
深遠の闇があろうとも
光と闇を架ける者
漆黒の道を遠乗りて
満ちる生命に光を紡ぎ
闇の扉を開く時
至福の島は蘇る
【アイアリス第三章 虚無の王宮 水晶の棺】 ~完~
* *
~双子の自宅にて
ラピスから『レインボーヘブンの伝説 第三章』の話を聞いた夜、
アイアリスに連れ去られたゴットフリーや、レインボーヘブンの欠片”樹林”と運命を共にしたラピス、そして水晶の棺で生きながら女神となった王女の重い運命に心が圧倒されてしまったのだ。
寝室の二段ベッドの上で、ごそごそと身をよじっていると、下のベッドから双子の弟のグウィンの声が聞こえて来た。
「迦楼羅、眠れないの?」
「うん、あんな話を聞いたら、眠れるわけがないよ」
グウィンも同じように眠れずにいた。
『レインボーヘブンの伝説』を聞いた後の夜は、いつもなら、迦楼羅とあれやこれやと話をして、いつの間にか寝落ちしてしまうのに、今夜は違った。
二人ともが静かで、その静けさがいつもの楽しさを失わせていた。
「あっ、そういえば、ラピスに次の話を聞く約束をしていなかったわ」
「うん。僕は気づいてたけど、ラピスさんに気を使って、言い出せなかった」
こんな湿っぽいのは、なんか嫌。
迦楼羅はベッドからがばっと飛び起き、顔を下に出して、双子の弟を覗き込みんだ。そして、わざと明るい声で言った。
「いいこと考えた! 次は“虹の丘”でピクニックをしながら話を聞こうよ。それも、母さんから、『レインボーヘブンの伝説』を最後まで!」
「えっ、でも、“虹の丘”には入ってはいけないんだよ」
「それは、16歳になるまでの約束だったでしょ。来月は私たちの16歳の誕生日じゃないの」
グウィンは姉の言葉に、目を輝かせた。
16歳になれば、きっと、僕らは変わる。そして、新しい何かが始まる。
東の空。
深夜に天中に座したペルセウス座が、そんな双子たちを静かに見守っていた。
凛と澄んだ光を放ちながら。
*アイアリス・レジェント 第四章(最終章)
『闇の女神 夜明けの大地』に続く~
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