第123話 希望の光と女神の罠

 王女リリーは、紫暗の瞳に強い決意の色を浮かべると、海岸に集まった住民たちをぐるりと見渡した。人々の口々から溢れ出した王女の無事を願う祈りの声に、身ををふるわせてジャンに言う。


「もう時間よ。だから、私のために、このグラン・パープルで一番高い場所に水晶の棺を作りだして。目を閉じていても、揺るがぬ人々の意思を感じとれるように。陽の光をこの体に感じていられるように!」


 とび色の瞳の少年は、もう一度、ゴットフリーと顔を見合わせ、こくりと強く頷くと目を閉じた王女に向かって、ぐんと手を差し出し、グラン・パープルの大地に向けて声をあげた。


 「蒼の力よ、大地に宿る無垢なる光よ!

  天に高くそばだちて

  穢れなき乙女をその高嶺に抱け!」

 

 ジャンが手のひらを大きく開けた瞬間、辺りに蒼の光が煌いた。


 王女リリーをとりまきながら蒼の光が、ドーム型を作り出してゆく。

 やがて、それは蒼から無色透明の水晶の輝きに色を変えて、空に向かってせり上がりだした。

 先端に深く眠る乙女を取り込んだまま螺旋を描き、巨大な水晶の塊が上へ上へと伸びてゆく。


 天に聳え立つような水晶の峰


「水晶の棺というより、これは”ソード・リリー”を取り込んだ水晶の山だ……」


 驚き、天を仰ぐ住民たちの声に押し上げられるように、水晶の頂は王女の姿がきらりと陽光に煌く光にしか見えなくなる程に、空へ伸び上がっていった。


 ジャンは住民たちの方を向き直り、水晶の山の頂を指差す。


「あの輝きは、グランパス王国の至極の宝剣”ソード・リリー”が地上に灯す希望の光だ。水晶の頂に身を納められた王女は東を向いている。そのどこかに至福の島 -レインボーへブン- があるんだ。僕らは何としてもその島を手に入れなければ。彼女をこの場所に還すためにも!」


*  *



 波飛沫を受けながら水晶の峰を仰ぐグラン・パープルの住民たちを、天空の女神は冷ややかに見つめていた。

 ……が、


「では、ゴットフリー、あなたは私と一緒に来てもらうわ」


 ジャンは女神アイアリスに向けて、とび色の瞳を大きく見開く。


「馬鹿なことを言うな!! ゴットフリーの意思を曲げてまで、お前は彼を連れていけないはずだ!」


「ということは、彼の意思ならば、連れていっても構わないということね」


 妙に自信に満ちたアイアリスの声音。


 なぜ? ……と、胸に押さえきれない不安がつのってくる。当のゴットフリーといえば、表情を硬くして天空の女神を見据えたままだ。堪らず、ジャンが彼の前に立ちはだかった時、アイアリスが白い衣を風に翻した。

 すると、


「ココっ!?」


 ぽかんと、衣の間から顔を出したサライ村の少女。誰も彼もが唖然として、女神の袖元に囚われ、空に浮かびあがった少女の姿に見入ってしまっている。


スカーが叫んだ。

「ココっ!! お前、そんな所で何してる!?」


「そ、そんなの、こっちが聞きたい台詞よ! ハイラスの実を取りにゆくのに白い鳥で飛んでたら、急に目の前が眩しくなって、それから……」


 頬に柔らかな布地の肌触りを感じる。ふと上を見上げると、天使と見紛う玉の肌の乙女が涼やかに微笑んでいる。


「あんた……誰?」

「呆けてる場合かっ!! それが、レインボーヘブンの女神、アイアリスだ!!」

「ええっっ!!???」


 驚くばかりの少女。


 何でアイアリスがあの小娘を捕らえてるんだ!?


 ジャン、タルク、スカーの3人は理解し難い顔をする。ただ、ゴットフリーだけは鋭い眼差しで空を睨めつけていた。その視線が楽しくてたまらないと……女神は悦に入った声音で言った。


「念のために張り巡らしておいた天空の罠によい獲物が引っかかってくれたわ。でも、こちらは今は必要ないので返しておくわね」


 翻した衣の下から白い鳥が、ぽろりと海の上に落ちてゆく。


天喜あまきの白い鳥!」


 波間に浮かび上がった小鳥はびくとも動かない。慌てて、波をかき分け海の中へ入ってゆくジャン。その様を見ていた少女が、堪らず女神に声を荒らげた。


「あんた、レインボーヘブンの守護神なんでしょっ!! どうして、大切な欠片のあの鳥をいじめるのよ!」


「あら、この私に向かってその言い様。何と、気の強い娘だこと。まぁ、このくらいでないと選ばれし者とはいえないけれど」


 口元でくすりと笑い、ゴットフリーの方に青い瞳を向ける。

 そして、

「さぁ、どうする? お前が私のもとに来るのなら娘の命は助けてやるが、嫌だと言うなら、私はこの娘の首をかき切ってしまうわ。お前はこの娘の半身。もし、それを失えば、レインボーヘブンを蘇らせても、島を率いる者はいなくなるのよ」


 ココの首にアイアリスが白い手を伸ばす。


「止めて、く、苦しい!」

 咽喉もとをきつく絞められた少女が、顔を歪めた。


「止めろ!! その娘に手をかけるな!!」

 

 アイアリスの勝ち誇った笑みに無言の圧力をかけられて、ゴットフリーは唇を震わせた。天空を見つめるその胸に様々な疑問が湧きあがり、それらがぐるぐると脳裏を巡りだした。


 あの娘がいないと、至福の島を率いる者がいなくなる?

 そして、今だに姿を現さない七番目のレインボーへブンの欠片……。

  

 俺があの娘の半身……? いや、違うぞ。レインボーヘブンの伝説は伝えている。……七つの欠片とその住民が集まった時に至福の島は蘇ると。

 

 灰色の瞳が急速に光を強めてゆく。


 そうか……分った。俺にはすべての絡繰からくりが。


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