第120話 王女の契約
銀と蒼の光が弾け飛ぶ岸壁で、ジャンは、ゴットフリーと王女リリーを背後にかばいながら、白い女神アイアリスと対峙していた。
その時、岸壁の向こうから王女の名前を呼ぶ声が聞こえてきたのだ。息を切らしてグラン・パープルの住民たちが坂道を駆け上がってくる。
「何て馬鹿げた連中! そろいも揃って、こんなに荒れ果てた国に未練を持つなんて」
そんなアイアリスに堪りかね、王女が叫んだ。
「馬鹿げているものですか! どんなに
天空の女神は乾いた笑みで王女を黙殺し、その隣にいる黒装束の男を白く長い指で手招いた。
「ゴットフリー、こんな連中と関わるのはもう止めて、私のもとへいらっしゃい。レインボーへブンはあと少しで私のものになる。あの紅の灯や闇の戦士をすべて消し去ってしまえばね」
「お断りだな。考えただけでも
女神の誘いを一蹴するゴットフリー。すると、ジャンが声をあげた。
「そんなことは絶対にさせない! 分かっているんだぞ。アイアリス、お前は、”レインボーへブンの王”である彼を支配できても、”闇の王”でもあるゴットフリーの意思を曲げてまで、自分の意のままにすることはできないんだろう!」
その瞬間、アイアリスは天に突き抜けてしまいそうな高笑いをあげた。それとは裏腹に、瞳には苛立ちの炎がくすぶっている。
「まぁ、いいわ。その男が私についてくるのは、もう時間の問題よ。では、邪魔なこの国にはもう滅ぼしてしまいましょう。王女の母が水晶の棺から出た瞬間に、この地の命運は尽きた。守護神がいない国など救いのない荒野と同じようなものだから」
銀の光が再び、女神の体を覆い出し、グラン・パープルの大地が細かく震えだした。足元に伝わってくる振動が徐々に大きくなってゆく。
……が、
「待って!! 私が”水晶の棺”に入るから……お願いだから、みんなを助けて!!」
ジャンを押しのけて、アイアリスの元へ進み出ようとする王女。けれども、腕を強く掴まれて、その場に立ち止まされてしまった。王女を掴まえたゴットフリーが、険しい顔つきで彼女を見つめている。
「どういうことだ?」
「時の流れに耐え切れずに、”守護神”の座を降りた元王妃の代わりに、私が”水晶の棺”に入れば……アイアリスはこの国を許してくれると……」
岸壁に集まった住民たちから、どよめきがあがった。そして、その言葉は、ゴットフリーの感情をさらに逆撫でた。
「何が幸福の女神だ! 人の運命を狂わすような契約はもう止めろ! 歪められたレインボーへブンの伝説に翻弄されるのは、お前一人で十分だ。レインボーへブンにも、グラン・パープルにも、守護神などもういらない。人間は人間の力で国を作り、それを守ってゆく!」
アイアリスは、せせら笑う。
「ゴットフリー、そこまで言うなら、私抜きでレインボーへブンを復活させてみるがいいわ。けれども、今、ここで、私とあなたが戦ったとしたら、この地は間違いなく滅びてしまうわよ。やはり、約束を違えた元王妃の代わりに、その娘には水晶の棺に入ってもらわないとね。都合のいいことに、そこにはレインボーへブンの欠片”大地”がいる」
動くこともできずに事の次第を見守っていたジャンを見据えて、アイアリスは言った。
「お前、大地の力を使って、今、ここで”水晶の棺”をお作りなさい。それこそ、グラン・パープルの王女”ソード・リリー”にふさわしい至極の棺を」
「馬鹿を言うな! 王女は王妃と違ってまだ生きているんだ! それなのに、棺の中に入れるだなんて、そんなことができるわけないだろ!!」
「欠片の分際で何を偉そうに……」
だが、アイアリスは天上で少し首を傾げてから言った。
「そうね、ただ水晶の棺に入ってもらうのも面白くないわ。ならばゴットフリー、私と賭けをしましょう。私抜きでレインボーへブンを復活させることができたなら、その時には、その娘は水晶の棺から出してやりましょう。もちろん、グランパス王国を再び興したとしても邪魔はしないわ。ただし、至福の島が蘇らなかった場合は、未来永劫、その娘にはこの国の守護神として水晶の棺で生きながらえてもらいます。そして、ゴットフリー……」
女神の残酷な青の瞳と、ゴットフリーの凍てつく灰色の瞳が睨めつけ合う。アイアリスは、それが、快くてたまらない風に笑みを浮べた。
「あなたは私が蘇らせた至福の島 -レインボーへブン- の中で、
怒りとも理不尽さともいえない空気の中で一同は絶句した。それをあざ笑いながら、天空のアイアリスが言う。
「話は決まったわね。ならば、ジャン、私が言ったように、水晶の棺をここに用意しなさい。王女にはその中に入ってもらうわ。心配しなくても大丈夫よ。水晶の棺の中では王女は不老不死。永遠にこの国を想いながら生き続けることができるわ」
堪らず黒馬刀を握り締めたゴットフリーを、王女リリーが制止する。
「待って! あの女神が言うように、ここで戦ってしまっては、共倒れになるだけよ。私が水晶の棺に入れば、とりあえずはこの場を治めることができる。私はあなたを信じてる。だから、必ず至福の島を復活させて! そして、私を水晶の棺から出してちょうだい」
返す言葉が見つからないまま、ゴットフリーとジャンは王女の顔に目を向ける。けれども、迷いを振り切った王女は天空の女神に言った。
「もう、覚悟を決めました。私は亡き母の代わりに“水晶の棺”に入ります。けれども、せめて今夜一晩だけ、みんなと共に過ごせる時間を……私が彼らにお別れを言う時間をください」
すがるような紫暗の瞳を向けてくる王女。すると、アイアリスは、
「まぁ、いいわ……そうするがいい。明日の同じ時間に、私は居住区近くの海岸に現れる。それまでは好きにすればいいでしょう」
そして、銀の光と共に空の中へ消えていった。
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