幕間~ ラピスへの質問

 黒馬亭での夕食の席で、迦楼羅かるらはがたんと席を立ち上がり、


「あーっ、やっぱり、ラピスはレインボーヘブンの欠片”樹林”だったんだぁあ!!」


 驚きを込めてそう叫んだ。


「でも、レインボーヘブンは復活したはずでしょ。欠片たちは元の姿に戻ったはずなのに、なぜ、ラピスはここにいるのよ!」


 ラピスは迦楼羅かるらの詰問に圧倒されてしまった。双子の弟グィンも不信そうにラピスを見ている。


「違う、違う。俺は、”レインボーヘブンの欠片”なんかじゃない。ただのラピスだよ!」


 だが、迦楼羅は納得しない。ラピスの肩から腕にかけての蔦のタトゥーを指さして言う。


「嘘っ!私、前から、その蔦のタトゥーが気になって仕方なかったのよ。ご典医なのに、どうして、そんな彫り物をしてるのかって。それって、ラピスが樹林になった時に自然と体に現れたモノじゃないの?!」


「……」


 その時、スカーがラピスをかばうように口を挟んできた。


「おいおい、タトゥーくらいで、そんなにラピスを責めるなよ」


「ううん、それだけじゃないわよっ。だってさ、この人の上手すぎる弓の腕前とか、たまに心を見透かしたようなことも言うし……怪しいったらないんだから。ねぇ、グィンもそう思わない?」


 迦楼羅はそう言って双子の弟のグィンに同意を求めた。


 するとグィンも、

「うん。ぼくもラピスさんには、いろいろ聞きたいことがある」と答えた。


 ラピスはため息をついて言った。


「わかったよ。なら質問を一つだけ受けてやる」

「えーっ、たったの一つだけ?」


 不満げな迦楼羅とグィン。けれどもラピスは、


「一つで十分だろ。ただし、それには俺は絶対に正直に答える。そういう条件付きではどうだ? 」


 迦楼羅とグィンは、慌てて頭と頭を突き合わせて、こそこそと相談をし始める。ちらりとラピスの方をうかがうグィンの視線が、真剣で何だか危なっかしい。

 これは、釘を刺しておいた方がいいかも。ラピスは、一寸考えてから、言葉を付け加えた。


「ただし、今、俺がお前たちに話してやってる『レインボーヘブンの伝説』の続きに関する質問はダメだ」


「何でダメなのよ」


 眉をつりあげて迫ってくる迦楼羅にラピスは、


「だって、になるだろ。せっかくの”お話し会”がつまらなくなる」


 涼し気な緑青色の瞳を向けてにやりと笑うラピス。ってことは、ラピスと樹林の関係を問いただすこともできないってこと? 迦楼羅は頬をぷうっと膨らませた。

 どんなに責め立てたところで、結局は彼のペースに巻き込まれてしまうのかと。


 スカーがそんな三人の攻防を、ニヤニヤしながら眺めていた。


 その時、厨房からフレアおばあさんが、追加の料理をトレイに乗せて運んできた。


「ほらほら、みんな、あんまりゆっくりしてると、お料理が全部冷めてしまうよ。せっかく天喜あまきが仕込んでおいてくれたミートパイが、まだあるっていうのに」


「天喜のミートパイっ。わぁ、あのすごく美味しいやつ!」

 

 チーズと焦げたパイ生地の香りがぷぅんと流れてくる。とたんに、双子は笑顔になり、特に迦楼羅は、きらりと瞳を輝かせた。


「私、いーいこと、思いついちゃった」

「何? もしかして、ラピスさんへの質問のこと?」


 迦楼羅は人の悪い笑みを浮かべると、横にいるグィンの耳にこそっと呟く。


「えーっ、それ、本気で聞いちゃうわけ?」

「だって、ラピスは、一つの質問だけには、絶対に正直に答えるって言ってんだから、聞かない手はないわよ」


 いいのかなぁと、グィンは躊躇している。けれども、迦楼羅はノリノリだった。


「では、ラピスに質問! これには絶対に正直に答えること!」


 突然、大声をあげた迦楼羅に、ラピスもスカーまでが、不審げな視線を向けた。そんなことにはお構いなしに、迦楼羅は言った。


「ラピスは、天喜のことをどう思ってるの? いつかはプロポーズする気があるの?」


「えっ、ええっ、何だよ。その質問……」


 ラピスは驚いた。スカーもフレアおばあさんもにやにやしている。たじろぐラピスに、グィンが上目遣いで言った。


「約束だよ。正直に答えて」


「……」


 シーンとした沈黙。その場にいた全員の視線が、ラピスの口元に集中する。


 こいつら、全員、暇人ばかりだ。 しかし、これって、世の中が平和だってことなのか。


 ラピスは深いため息をついた。けれども、約束は約束だ。


「わかった。迦楼羅の質問に答えよう。俺が、天喜のことをどう思っているか、とかプロポーズするかとか……」


そして、周りの注目が集中する中、ラピスは言った。


「俺は……」


 双子がラピスの言葉を繰り返す。


「俺は?」


「俺はには、手は出さない! それが答えだ」


「ええーっ」


 大ブーイングの嵐だったが、ラピスは白々として声をあげた。


「さっ、みんな、座れよ。”レインボーヘブンの伝説”の続きが聞きたいんだろ。次は”樹林”の大活躍の話だ。座らないと、俺は帰っちまうが……」


 それでもいいのか?


と、ラピスはやけに鋭い目をして、ふくれっ面の双子に視線を送った。


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